ホカホカとした湯気を出しながら、やっとお姉ちゃんが風呂から上がった。


「長いよ。もう」

「仕方ないじゃない」


 バスタオルを巻いた姿で、リビングにやってきた。

 いつも思うのだけど、パジャマに着替えてから、リビングに来てほしかった。


 リンゴを頬張り、さっさとお風呂に入ろうとする。が、母さんが先に立ち上がり、「お風呂入ってくるね」と先を越される。


 再び、ソファに座って、リンゴに齧りつく。


「…………」


 お姉ちゃんが、こっちを見ていた。

 珍しく、感情が表に出ているので、「なに?」と聞いてみる。


「……美味しいの?」

「食べる?」

「やめて」


 強い口調で言われて、ボクは少しだけショックを受けた。

 だって、しかめっ面でこっちを見ているから、拗ねているんだなと思ったのだ。


 ところが眉間に皺を寄せて、後ずさるくらい引いていた。


「んだよ」


 時計を見る。

 時刻は10時。


 母さんも長風呂だから、1時間は上がってこない。


「ていうか、部屋に行きなよ。目に毒だって」

「涼んでるの」

「風邪引くよ」

「引かないわよ」


 よく見れば、体は中途半端に拭かれた状態だった。

 露出した鎖骨や首筋には、汗粒のように滑り落ちる水滴が付着している。


 リビングは冷房をガンガン点けているし、本当に風邪を引いてしまう。


「今日、何やってたの?」

「遊んでたの」

「ふーん。どこで?」

「……山で」


 山で?

 何で?


 また、疑問が一つ増えた。

 今日、姉が出かけた時の格好を思い出す。

 正確には思い出そうとしたが、生憎今日はお姉ちゃんに会っていない。


 ともあれ、夏場の山は虫が出るし、女の子一人が行くには険しいだろう。


 アウトドアが趣味なら分かる。

 でも、お姉ちゃんは特にアウトドアが趣味というわけではない。

 たいていは、家でジッとしているからだ。


 休みの日には、いなくなる時が多々あるけど。

 だからといって、山はないだろう。


「お姉ちゃん、……変だよ」

「変じゃないよ」


 ボクをジッと見つめて、そう言うのだ。


 お姉ちゃん。何か隠してるんだろうか。

 何となく、そう思った。

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