第6話 電波的な後輩
1限目が終わり休み時間になると、俺は構内の売店に足を運んでいた。
売店は新校舎と旧校舎を繋ぐ連絡路にあった。
新校舎の3階にいる俺は1階まで降りて、それから廊下を渡らねばならない。
俺は3階でトイレを済ませてから、1階まで降りると財布を忘れた事に気が付いて、再び教室へ戻った。
俺の席は転入生を囲むクラスメート共に占拠されていたが、まあこの時間だけは許してやろう。
俺は寛大な心を持って、再び1階へ向かう。
なぜ俺がここまでして売店へ行くのかというと、授業中に転入生がずっと隣に張り付いていて、しかも筆談で「彼女はいるの?」「好きな人はいるの?」「気になっている人はいるの?」と延々語りかけて来やがった。
取り敢えず全部無視してたら、今度は俺の腕に絡みついてきて、そのささやかな胸を押し付けてくるのだった。
せめて、もうちょっとボリュームがあれば――じゃなくて。
さすがに気が滅入ってしまったので、気分転換と空腹を満たすために売店に来た――というわけだ。
思えば、冬服の所為で今朝は朝食を抜いていたのだった。
授業中、ぐぅぐぅなるのではないかと心配になった――しかも隣には転入生がぴったりくっついていた――が、何とか授業が終わるまで腹の虫は耐えてくれたようだった。
キンコンカンコーン。
げ……
2限の始業チャイムが鳴ってしまった。
まだ何も買ってないし、このまま戻っても授業中に食事は出来ない。
いや、出来なくはないのだが、去年それをやったら美奈子先生に涙ながらに諭されてしまったので、以来授業中に食事をするのはやらなくなった。
……ふっ、俺も甘いな。
「おばちゃん、コレとコレくれ」
「はいよ」
俺は売店でサンドイッチとコーヒー牛乳を買う。
「いつもありがとう、キレイなおばちゃん」
「アラヤダ、この子ったら。おまけにコレあげるわ。いい? 皆には内緒だよ?」
おばちゃんはコロッケパンを追加で一個くれた。
「マジか。ありがとう、キレイなおばちゃん」
「ちゃんと授業には出るんだよ」
おばちゃんの言葉に頷きながら、どこでサボろうかと考えていた。
そういえば、転入生は教科書が無くて困っているかもしれない。
……まあいい、師岡辺りが喜んで差し出しているだろう。
教科書越しに変な病気がうつらなきゃいいけどな。
俺は周囲をキョロキョロと見渡すと、中庭にベンチがあるのを発見した。
いつもなら部室で昼飯を食うのだが、クラブ棟まで行くのも面倒臭い。
ここでいいか。
誰かに見つかるリスクもあったが、その時はその時だ。
俺は中庭のベンチに腰掛けると、サンドイッチを口にする。
添加物がたっぷり入っていて、いい感じに身体に悪そうな味。
……何だか、悲しくなって来た。
コーヒー牛乳でサンドイッチを胃に流し込む。
「……?」
ふと気が付けば、少し離れたベンチにも生徒がいるのが確認出来る。
俺が来た時には誰もいなかったハズだ、後からやって来たのだろう。
自分で言うのもなんだが、こんな時間にこんな所にいる生徒なんてロクなもんじゃない。
関わらないのが吉だ。
俺はおまけにもらったコロッケパンの袋を開けると、安っぽいソースの臭いを堪能する。
腹が膨れればこの際、何でもいい。
パンを手に取って、口に入れようとすると――
「じぃー」
「……」
「じぃーーー」
「…………」
「じぃーーーーーーーー」
「ええい、鬱陶しいっ」
先ほどベンチに座っていたらしい生徒が、俺の前でコロッケパンを見つめていた。
ツインテール+アホ毛がトレードマークの女子生徒。
パッと見は中学生ではないか? というくらい幼い外見だったが、襟元のタイから察するに本学園の一年生だと分かる。
この学園はタイの色で学年を識別出来る。
3年が青、2年が緑、1年が赤だ(今の3年が卒業すれば、次の1年が青になる)。
目の前にいる小娘のタイは赤色をしていた。
「お腹空いた……」
腹に手を当てて、更に腹の虫まで鳴らして自己主張していくる小娘。
「そうか。それはツライな」
「うん」
「腹が減った時のツラさは俺もよく分かる」
「うん」
「だから、このコロッケパンは腹が減っている俺のモノだ」
ガブッ。
「あだぁ!」
こ、この
「おいしい……」
満足そうに頬張る小娘。
……あーあ、どうすんだよコレ。
俺は小娘の歯形の付いたパンと自分の腹を交互に見比べて、やがてため息を吐いた。
「……やるよ」
「いいの?」
「いいのって、あのな……いや、いい。どうせ貰いモンだしな」
そう言って、俺はパンを小娘に押し付けた。
「……ありがとう」
上目遣いに感謝される。
うむ、こうして従順にしておれば中々可愛げがある小娘じゃないか。
「ふあぁぁぁ……」
まだ腹が膨れたワケではなかったが、どうせすぐに昼休みだ。
俺は2限目が終わるまで、ここで昼寝をすることにした。
ベンチに仰向けになって、空を眺める。
良く晴れた天気だった。
雲一つない、とは言えなかったが、それでも昼寝をするには十分な陽気だ。
丁度、ベンチも木陰になっていて風が気持ちいい。
――はずだったのだが、空を仰ぎ見る俺の視界を塞ぐように、小娘が俺の顔を覗き込んでくる。
「じぃー」
「……」
「じぃーーー」
「…………」
「じぃー――」
「だぁ! もうそのネタはいい!」
俺は寝るのを諦めて起き上がった。
「何だ、まだ何か用か? 食べ物ならもうないぞ」
「…………なまえ」
「あ?」
「…………あなたの、なまえ。おしえて?」
……
今日は名前で恥をかくサービスデーか何かなのか?
俺は面倒臭くなって、後ろ頭をボリボリと書いた。
「鈴木二郎」
「スズキ、ジロー」
「そうだ、満足したか?」
「うん」
すると、小娘はぴょん、と跳ねて俺から離れる。
「じゃあね、ジロー。またね」
「おう、さっさと去ね」
俺がしっしっと手で追っ払うと、小娘は手を振って去って行った。
しかし、何だったんだ、一体?
こんな時間に授業をサボるヤツは、俺と同じくロクでもない人間に決まっている。
それにしたって、言動が普通じゃなかった。
……俺も人の事を言えたギリじゃないが。
そういや、あの小娘の名前を聞いてなかったな。
…………ま、いっか。
どうせもう二度と会う事はあるまい。
俺は再びベンチに仰向けになって、昼寝を満喫したのだった。
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