第5話 転入生と厄日 後編

 ホームルームが終わると俺の周りには人だかりが出来ていた。


 正確には俺の隣に、だが。


 転入生は人壁に取り囲まれて、質問攻めに遭っていた。


 さりげなくクラスメート共から「お前にどけよ」というプレッシャーを感じるが、俺は意地でも退いてやらない。


 ここでどいたら俺が廃る。


「ねぇねぇ、好きな食べ物は?」


「ん~……特にないかな? あ、でも嫌いな食べ物もないよ」


「得意科目はなぁに?」


「得意はないかなぁ……不得意もないんだけど」


「前の学校で彼氏はいたの? 今も付き合ってる? フリーなら俺と付き合う気ない?」


 これは師岡の質問だ。


 品性の下劣さがにじみ出ている。


「いやぁ~、そういうのは全然疎くて。誰かイケメンゲットする方法教えてっ」


「ヤダァ、神影さんおもしろ~い!」


 どこがだ。


 しかもさり気なく師岡のアプローチをかわしている。


 これだけ容姿が良ければ、そういうのも慣れているのかもしれない。


 しかしまあ、好きなものも、得意なものもない。


 かと言って嫌いなものもなければ、苦手なものもない。


 何だか掴みどころのないヤツだが、変にオドオドするでもなく、かと言って空回りするでもなく、うまく周囲と溶け込める人種らしい。


 ――って、何を聴き耳を立ててるんだ、俺は。


 いやいや、耳を塞いでも聞こえて来てしまうんだから、しょうがない。


 そう、これはしょうがないことなのだ、うん。


「神影さん。もしよかったら昼休みに構内を案内するけれど、どうかな?」


 出たな、禮華委員長。


 こういう時の点数稼ぎに余念がない。


「あ~、ごめんね。実は昨日、風町先生から構内は案内してもらったの」


「そうなの?」


「うん。その代わりと言っては何だけど、ランチご一緒してもいいかな? あたし、ここのカフェテリアはまだ行った事なくて」


「それは是非。じゃ、お昼休みにまた声をかけるね」


 そう言って禮華が去ると皆もぞろぞろと立ち去って行く。


 ようやく落ち着いた――


「神影さん、自己紹介が遅れたけど、オレの名前は師岡信二。2回信じるで信二だ。オレのことは何回信じてもいいからね」


 ――かと思ったが、そういやまだこのアホが残っていた。


 つか何だよ、その何回信じてもいいって。


 何回も裏切る前提じゃねぇか。


「師岡君ね、よろしく」


 そして、転入生は師岡のことは下の名前では呼ばないというサドっぷりを発揮している。


 早くも上下関係が見えてきた。


「ねぇ、師岡君。この人の名前、何て言うの?」


 あろうことか転入生は師岡を利用して、俺の名前を聞き出そうと画策し出した。


 俺は師岡にガンを飛ばし、「絶対言うなよ」とサインを送った。


 師岡は目で頷く。


 よし、いくらコイツがアホでもそう簡単には――


「あ、こいつね。静馬さつきって言うんだ。あははっ、おかしいでしょ、こんなナリして名前が『さつき』だなんて」


「あっさりバラしてんじゃねーよ」


 くそ、思わずツッコんでしまった。


「へぇ、さつき君って言うんだ~。何だか可愛い名前だね」


 バカにしてる。


 絶対バカにしてるぞ、この転入生。


 つーか、反応があの先輩と同じで猶更腹が立つ。


「そっちこそ姫更なんてキラキラネームこさえやがって、無駄に可愛いじゃねぇか」


 なぜか意地を張る俺。


「え……そう? 可愛い、あたし?」


 なぜか頬に手を当てて、「ヤダぁ」と恥ずかしそうに俯く転入生。


 何が「ヤダぁ」だ。


 俺の名前の方が「ヤダぁ」だよ。


「し、し、し、静馬ぁ! キサマぁ! キマサと言うヤツはぁ!!」


 師岡が発狂しながら、俺の机をガタガタと揺らして来る。


 やめろ、ツバが飛ぶ。


 病気がうつる。


「ほらぁ~、席に着けぇ」


 気が付けば、1限目の日本史の授業が始まろうとしていた。


 俺は師岡を殴り飛ばして正気に戻させると、机の中から教科書やらノートやらを取り出す。


 すると、なぜか隣にいる転入生が机を動かし始めて、事もあろうか俺の隣にぴったりとくっつけて来た。


「………………何してんだ、お前?」


「あたし、まだ教科書が全部そろってないの」


「そうか。それは可哀想にな」


「でしょ? だから、可愛いあたしに教科書見せて?」


「………………」


 どうして可哀想が可愛いに変換されてるんだ?


 いや、それはこの際どうでもいいか。


「だが断る」


「どうして?」


「どうしてもだ」


「……へぇ、そんなこと言っていいんだ?」


 何だ、コイツ?


 俺にそんな脅しが通じると思ってるのか?


 俺は転入生を無視して筆記用具からシャーペンを取り出す。


「先生!」


 ――と、転入生がいきなり手を挙げて叫び出した。


「あたし転入して来たばかりで、まだ教科書がありません!」


 クラス中がポカーンとする中、教師はずり落ちそうになったメガネをかけ直してこう言った。


「……そ、そうか。隣の人に見せてもらいなさい」


「は~い♪」


 転入生はそう言って席に戻ると、ニコニコと笑みを浮かべながら、俺に向かって「だって?」と言いやがった。


 こ、こいつ……


 後で覚えてやがれ――


 ――って、俺は今日1日、こいつに教科書を見せ続けにゃならんのか?


 待て、今日だけじゃない。


 明日以降も教科書が来るまでずっとこの状態ってことか?


 ………………


 やっぱり今日は厄日――いや、もう何も言うまい。

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