第4話 転入生と厄日 前編

 俺が教室に着くと、ちょうど始業のチャイムが鳴った。


 ナイスタイミングだ。


 真っ直ぐに自分の席――1番後ろの窓側から2列目――に向かった。


「よう、今日も重役出勤か?」


 席に座ると、前の席にいたアホが話し掛けて来た。


「そうだ、もっと敬え。地べたに頭をこすりつけて、泣いて詫びろ」


「何でオレが詫びなきゃなんねーんだよ! ……ったく。それよりさ、今日転入生が来るって聞いたか? 朝からもうクラスはその話題で持ち切りだぜ」


 登校中に禮華に聞いていたし、さっき本人にも会った。


 今更、驚く事は何もない。


「そうなのか」


「何だよ、リアクション鈍いなぁ。聞くところによれば、飛び切りの美少女らしいって噂でさぁ」


 このアホの名前は、師岡もろおか信二しんじ


 父が市議会委員で、大学生の兄も昨年まで本学園に所属し、生徒会の副会長を務めていた。


 家系としては比較的優秀のハズなんだが、こいつだけは例外のようで、脳内がお猿畑のどうしようもない男だ。


「なぁなぁ、どうしよう? もし転入生とお近づきになっちゃって、今日の内に告白でもされちゃったらオレはぁ、オレはぁ……はぁはぁ」


 どうしてまだ会ってもいない人間から、その日の内に告白される未来を想像出来るんだ?


 精神構造が謎過ぎて、ぶっちゃけキモい。


 そして、臭い息を吐きかけるな。


 病気になる。


 つか、校則忘れてんじゃねーのか、こいつ?


「は~い、みんな~。席に着いて~」


 先生が例の転入生を連れて教室に入って来た。


 室内はすでに騒然としていて、落ち着きがない。


 クラスの真ん中あたりに座っている禮華が、首だけを俺の方に向けて「ね、言ったとおりでしょ?」なんてドヤ顔をして来たが、当然無視してやった。


 俺の前にいるアホも「うおぉぉぉ、めっちゃ可愛い!!」などと鼻息を荒くしている。


 お前、もう呼吸を止めろ。


 教室が汚れる。


「はいはい、気持ちはわかるけど静粛にね。委員長」


「はい」


 規律、礼、着席――


 禮華の張りのある号令で、軍隊じみたお決まりの挨拶を済ませる。


 ただまぁ不思議なもので、この一連の儀式を済ませれば教室は静かになるのだから、生徒をコントロールするための手段としては良く出来てきるのかもしれない。


「はい、もう皆さん待ちきれないと思うから、早速紹介しちゃうね」


 先生が転入生を促すと、彼女は頷いて黒板に名前を書き始めた。


 神影みかげ姫更きさら――


 フリガナ付きで、精妙な筆致だった。


 彼女自身はやや小柄な体格に、オリーブベージュのゆふるわボブパーマ。


 快活さを思わせる大きな瞳に、口元には絶やさぬ微笑みを添えている。


 制服のスカート丈がやや短く、タイも緩めにしていて首元が少し露になっている。


 どう自分を見せれば他人から好かれるかを心得ている――


 そんな印象を抱いた。


 どーでもいいんだが、姫更ってキラキラネームっぽいよな。


 ……ま、俺も人のことをどういう言える名前じゃないが。


「皆さん初めまして、神影姫更と言います。父の仕事の都合でこの学園に転入することになりました。趣味とか特技とかは特にないんですけど……仲良くしてくれたら嬉しいです。これから、よろしくお願いします」


 パチパチパチ……


 教室から拍手が沸き起こる。


 しかし何と言うか、名前の割には地味な自己紹介だったな。


 こういうのは初日が大事なんだ。


 逆立ちしてパンツ見せるくらいの気概を見せなければ、クラス内の人気は勝ち取れまい。


 いや、勝ち取る必要は全然ねーんだけど。


「はい、みんなも分かっていると思うけど、神影さんはまだまだ学園に不慣れです。学園に限らず、この町のことなども分からないことなどたくさんあると思うので、是非サポートしてあげて下さいね」


 は~い、とクラスから声が上がる。


「神影さんの席は、窓側の1番後ろになるから」


「はい」


 転入生は指定された席――俺の隣――に向かって歩いてくる。


 クラスメートの大半が好奇心の目を向けてそれを見守っていたが、俺の前にいるアホだけは「よっしゃぁ、ついにオレの時代がキタァ!」とガッツポーズを取っていた。


 お前の時代が来たら、この世は破滅だ。


 そんなアホの事は気にもせず、転入生は俺の隣に座る。


「は~い、それでは今日の連絡事項です。今日から冬服ですが――」


 先生の話にぼんやりと耳を傾けていたら早速、隣の転入生から声をかけられた。


「ねぇねぇ、あなたの名前、何て言うの?」


「鈴木二郎」


 適当に答えてやった。


「ウソ、さっき先生に『しずまくん』って呼ばれてたじゃない?」


 そういえば、あの場にいたんだったな、こいつ。


「知ってるなら聞くなよ」


「下の名前は知らないもん。それとも『しずま』が下の名前?」


「さあな」


「もう、どうせ後で分かっちゃうんだから、もったいぶってないで薄情しなさい」


「どうせ後で分かるなら、今言う必要ないだろ」


 と、無駄話をしていたら先生に見つかった。


「静馬く~ん? 可愛い女の子が隣に来て浮かれるのは分かるけど、休み時間までもうちょっと我慢してね」


 クラスから笑いが起きた。


 遠くから禮華が汚いものでも見るような眼差しを向けている。


 前の席のアホも目を三角に釣り上げて睨め付けて来た。


 俺はそのどれもこれも全部無視する。


 転入生の方を見ると「ゴメンネ」とジェスチャーを添えて囁いていた。


 ……やっぱり、今日は厄日だ。

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