硝子の砦。

 複数の少年が裸で幌のついた荷車に吊られている。吊られるに至った罪状は”ニルにいたずらをしようとした”だ。


 気さくなニルに甘えたくなる年頃なのはわかるが、やりすぎたのだ。度を過ぎた行為は咎められなければならない。そうだろう? そうだ! そうだとも。


 それじゃあこうしようと船乗り兼今回の荷役である男の一人が言い出すとあれよあれよという間に幌に少年たちが吊られていた。裸に剥かれているのはついでだ。


 いきり立たせるには少々幼い彼らの彼らを大柄な男たちが大笑いしながら指さし、囃し立てる。


 船乗り――みんな少年のような若いうちから船乗りをしているらしい――であれば一般的な仕置きだそうだ。


「坊主、喧嘩を売った相手が悪かったな!」

「ぷらぷらぷらぷら、しょぼくれんなって」

「自分の女を抱けるように体鍛えろよー」


 野太い声が一しきり笑い終わり、各々の仕事――といっても移動中は特別にすることはないけれど――に戻って行った。


「反省したか?」

「「「ダアアアアアア」」」


 はいと間髪入れずに叫んだ少年たちは顔を真っ赤にしながら足をばたつかせる。縛り上げられているのに元気なもんだ。


「デベチャーダリュナック」

「ヤガッ! ロイヤーヌト!」


 笑う顔は少年らしいケサルがロアの言葉で吊られた少年とやり取りをするが「こいつら、全然反省してないから。もう少し吊っといて」と暴露する。


 これで助かったとでも思ったのか、売られた少年たちは状況が好転しないことに動揺し始めたようだ。


 ロアの言葉を捲し立てる力がだんだんと弱まっていき、ひきつった笑い顔でケサルを見つめている。


「今は仕事をすれば飯が食える。それをこいつらのせいで台無しにされていたかもしれない。だからちゃんと反省させる」

「そうか。それじゃあ任せるけど良いかい?」

「もちろん」


 ケサルは短く応えた。本来移動中は少年たちは荷台で休むことができるが、ケサルは吊られた少年たちの側を歩いている。


 大人の足でもそれなりに速度を感じるのだから、ケサルからすればかなり早い調子で進んでいることだろう。息も少し乱れていたがやめる様子はない。


「降ろすときは言って。手伝うから」

「そこまで任せるの?」

「その通り」


 不思議そうに眉を寄せ、ゆっくりと表情を変えたケサルは意地悪く笑うと口早に吊られた少年へ報告した。盛大に暴れ出した少年たちの動きでみしみしと幌が揺れる。


 ここしばらく共に作業を続け、食事を一緒に囲み。少しは打ち解けてくれたのだろうか。


 わいのわいのと騒ぐ少年たちを残し、私は荷台に上がった。





*****





 ゴテアの砂漠には随所に池のような水たまりがある。人が飲むには不衛生だが、荷車を牽引するマッチョパという”虫”は物ともしないらしい。


 白く丸い光沢のある外骨格の下にたくさん足が生えている、この砂漠でそれなりに見かける虫らしいが、その大きさはウツギやスミレと並んでも遜色ないくらい大きい。砂漠に自生するだけはあり、昔から使役動物として重宝されているそうだ。


 そんなマッチョパのために池を見つける――元々の進行先に池がある場所を選んでいるともいえるが――と水分補給をさせて進むのが、ゴテア砂漠を渡るためには必要なことなのだとか。


 こんな巨体に飲ませる水まで運んでいたら確かにまともな商売もできなくなってしまうだろう。今も、それなりにあった水たまりは十匹のマッチョパによって飲み干されてしまった。


「いざとなったらこいつらの体を割って水を飲めるんですわ。すごいでしょう」

「あはは……。それにしても。こんな砂漠のど真ん中になんで水たまりができるんですかね」


 少し話題を逸らそうとして出した話に、案内人が待ってましたという表情をつくる。


「この地面不思議でしょう? 本来こんな砂の上で細い車輪を回せばあっという間に埋まって動けなくなっちゃうんですよ。でも、ゴテアは違う。なぜだと思います?」

「踏みしめた感覚は砂の上というよりも硬い岩の上という感じですからね。砂漠全体が沈み込んで硬く締まっているとかですか?」

「ほう、面白い発想をしますね。ですが、違うんですわ。この砂の下はね、全部ガラスなんですよ」


 得意げに言うと、案内人は水たまりの近くをおもむろに掘り返していく。


 しばらくして濁った泡をそのまま固めたような硬い層が現れた。


「ほら、これはかなり荒い造りですがガラスです。この砂漠、というより砂の層の下は全部ガラスでできているんですよ。ガラスは水を通さないので隙間の無い場所には水が溜まるって寸法です」

「へぇ――」


 案内人が指し示す場所を一緒になって触る。泡立つように固まっている場所はざらざらとしているが、場所によってはつるつるとしていて、テオドーラに渡された硝子の器と同じような手触りをしていた。


「硝子の器はこれを削りだして作っているんですね」

「おっと、それはよくある勘違いでそんな低品質な物、売り物にはならないですからね。製造方法は知りませんがね、少なくとも削り出せば造れるような代物じゃあないんですわ」


 製造方法を知ってしまうと襲われるのでゴテアに住む人の中でも限られた人しか知らないんですわ、と笑う案内人はどこまでも誇らしそうに胸を張った。


「草木の生えないガラスの層が風雨に晒されて今の砂漠がある。削られた細かい砂は日の光を反射して白く光る。だから日中は体が熱せられるほど熱くなり、夜になればあっという間に寒くなる」

「たしかに、夜はかなり寒くなりますね」

「笑えるでしょう」

 

 と笑うには苦しい言葉が紡がれた。楽しそうなのでつられて笑ってしまったが、笑える要素はよくわからなかった。


 出発するという合図を貰うまで案内人のお喋りに付き合うこととなった。ためになる話を聞くことができたが、一々挟まれる閑話はもう少しどうにかして欲しかった。


 


 そんなやり取りからしばらくして、私は途方も無く巨大な硝子の塊を眼前に立っている。


「硝子がどうやって造られるのかケサルは知ってる?」


 頭のいいこの子ならと思い聞いてみた。

 

「知らないよ。それを知ってたら根無し草になんかなるわけないだろ」


 ケサルは本当に興味がなさそうにぶっきら棒に応えた。


「これはなんて呼ばれてるんだっけ?」


 とニルが見上げながら言うと、ケサルは一言「ガラスの砦」とつぶやく。


「昔はもっとたくさんあったらしいよ。けど残ってるのはそんなに多くない、らしい」

「ケサルは見たことが無かったのかな?」

「こいつは知ってた。けど、他の場所はって聞かれても知らない」

「そっか」


 硝子の砦と呼ばれたその巨大な構造物は、ところどころが風化して崩れてしまっているが、なるほどその異質な見た目を除けば出城のような造りにも見える。


 明らかに人の手が入っている様子のその構造物が、砂漠のど真ん中に悠然と鎮座している姿も異質だ。


「ふつうは、かあちゃんとか、とうちゃんが寝物語に聞かせるんだ。けど、俺は知らない。たぶん他の奴らもまともに覚えてるやつなんていないと思う」


 静かに吐き捨てたケサルは私たちが何人いたところで届きはしないガラスの砦の頂を見上げていた。


 日の光が半濁に透過し、風の動きに合わせて鈍く光る姿は彼の目にどう映ったのだろうか。それっきり喋らなくなってしまったケサルを尻目に考える。


 案内人に聞けば耳にたこができるまで話を聞かせてくれるだろうという確信があった。が、それではなんとも味気ないと思ってしまった私も黙る。


「男二人でなに押し黙ってるのさ。ほら、すごい物を見たらなんていうの!」


 私とケサルの間に割り込んだニルが両方の肩に手を回して抱き寄せながら言った。


「すごーい!」

「す、すごい」


 おいケサル、ニヤついているのが見えてるからな。後で覚えておけよ。


「心が籠ってない! もう一度!」

「すごおおおい!!!」

「うわー。うおおおー、すげえええ!!!」


 叫び声につられて少年たちがわらわらとやって来る。


 そのうちに始まった叫び声の大合唱はしばらく止むことはなかった。







【”Sleeping Talk”】

――マッチョパ――

 ゴテアの砂漠に自生する節足動物。貴重な水分をため込むために巨大な体を獲得したが、その貯水力に目をつけた人や他の動物にしばしば水袋として利用される。

 また使役動物として荷車を牽引しているが、人の言葉を理解しているわけではなく、近くの水場をめざして歩くという性質を上手く利用されているだけである。

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