第8話 欠点がないなんて思うなよ!?
光行きつけのアパレル店から歩いて50分──もちろんこの二人がそんな距離を歩くはずもなく、呼びつけたマネージャーさんの車で30分ほど走ったそこには──都で一番大きなガラス工房点があった。
その店の名は『
「──ひっさしぶりね〜、私の故郷♪」
「故郷て……まあ、なんでもいいから早くしてくれる?」
「はいは〜い」
車の中からそうだったが、ブティックの時と比べて紫闇のテンションが明らかに上がっている──それに反比例するように光のテンションが落ちているのだが……。
まあ、さっきまでは光のターンだったから、次は紫闇に譲ってくれてもいいでしょ、という話である。振り回すだけ振り回して自分は付き合わないなんて、人間のやる事じゃねえ!
「けど、マネちゃんも一緒に来ればよかったのになぁ〜」
「やめてあげな!? アタシよりは好きだろうけど、アンタのテンションに付き合わされたらマーちゃん死ぬよ?」
何度か振り回されていた経験を、光は顔を青くしながら思い出した。
まだ、本質が活発系である光だったからギリギリ耐えられたものの、文化系で常に疲労困憊のマネージャーさんでは死んでしまう──というのが光の見解だ。
──因みに当のマネージャーさんは、次なる打ち合わせに向けてもう車を走らせて颯爽と何処かへ行ってしまった……まるで
「それじゃあ〜──ご
「……めっちゃいや」
口では嫌だ嫌だと言っているが、それでもちゃんと付いてきてくれる光優しい超優しい。
一方紫闇はそんな事を考えている暇すらなく、店内に突入していった……どれだけ楽しみにしていたのやら。
「うわ〜、前に来た時と全然中身変わってるわ〜♪」
「……前にアンタが来た時に買い占めたのが原因なんじゃない?」
「──これいいっ! これも素敵!!!」
「聞いちゃいない……」
入口は白一色で硬派な印象を放っていた『amorphous』だが中に入ってみれば、そこは──キラキラピカピカキッキラキ〜ン☆
どれも一点もののガラス細工が各所に設置されたその一室は、部屋全体で一つの芸術作品を思わせるほどの美しさだった。
この部屋のテーマは
この店には五つの部屋に売り場があり、その内の二部屋がテーマを持った展示店の側面も持った少し変わったガラス工房点となっていた。
──因みに『紫闇が買い占めた』と光が言っていたのは二ヶ月ほど前のこと、世界の名所をテーマにしたガラス細工を片っ端から買い占めて一個の部屋をガラ空きにしてしまった事件の事なのだが……まあ、別に今はそんな事いいだろう。
「わ〜っ、この船のやつステキだわ〜♪」
「うわっ、でっか! どれどれ、値段は……じゅじゅじゅじゅっ、十万!?」
「……買っちゃおうかしら?」
「アンタ、バカじゃないの!?」
覚えているだろうか、光が服に十万もつぎ込んだ時に「信じられない」と紫闇が言ったのを。
しかしこの女、高さ30cm横20cm程しかない──四面体のガラスの中で雄々しく
複数の服に十万円払う女と、一つのガラス作品に十万円ぶっ込む女──どっちが信じられない?
「いやでもなぁ〜……」
「そうそう、こんなに高いのはやめて別のに……」
「──持って帰れるかしら?」
「論点そこじゃないでしょ!?」
『amorphous』内に光のツッコミが響き渡る。
幸いにも他の客はおらず、
「──これ買っちゃお〜♪」
「ねぇ? まさか本気じゃないわよね?」
「ふんふふ〜ん♪」
「……もうダメだわ、これ」
光のツッコミなんてなんのその、ガラスで出来た大型船を何の躊躇もなく紫闇はカゴの中に入れた。
そう、誰も聞いていなかったのだ──紫闇さえも。
「あっ! あっちの作品もステキだわっ!」
「……もう勝手にしろ」
次なるお気に入り作品を見つけて、びゅーんと走っていってしまった紫闇。
それに対して光は放置することに決めた。もう、諦めた。
「あの女──アタシから離れちゃいけない事、完全に忘れてるわね?」
光はこれでも紫闇を家から連れ出した立場。
紫闇に何かあったら申し訳ない、という気持ちがあったのだが……。
「これも良いわっ! これもっ!──あ〜、どれを買うか迷うわねぇ♪ もう全部買っちゃおうかしら!」
大量のガラス作品を前にはしゃぐ紫闇を見て、光の中では『もうどうにでもなぁ〜れ☆』と振り切れてしまった。
そして、「何があっても知〜らね」と小さく呟いた。
──そんな時だ、事件が起こったのは。
「──どうもこんにちわ、お嬢さん」
「うおっ、びっくりした!」
光の背後──『STAFF ONLY』と書かれた扉の中から一人の男性が突然出てきた。
猫背の長身にパーマがかった茶髪。老けてないのに老成していているような、しかしどこかチャラチャラしたような謎の雰囲気を持つその男性は、驚きで硬直している光と向き合って口を開いた。
「初めまして。
「……あっ、どうも〜初めまして♪ 光です〜!」
店長──玻璃が名乗ってきた都合上、戸惑いながらも光は名前を名乗った。
だが流石は配信者。上手く自分をコントロールして、表面上は戸惑いの欠片も見せなかった。
玻璃はそんな様子に好感を覚えたのか、人当たりの良い笑みを浮かべて言った。
「滅多にこの中から外に出てこないんだけど、何度か見た事ある顔だったのでね。声を掛けさせてもらっちゃった」
「そ、そうだったんですか……」
玻璃が「この中」と示したのは扉の中──『amorphous』で売るガラス作品を作っている製作室のことだった。
彼はその中と売り場を隔てるマジックミラーから光の姿を何度か視認した事があったという。
だが、光にガラス細工を嗜む趣味はない。それどころか、好きではない。
そんな一人では絶対に来るはずのない光を視認していたという事は、その隣には超高確率で『彼女』もいたはずで……。
「あれ? よくよく見たらあのお嬢さん、この前の?」
「あっ、マズイ」
紫闇の姿にも見覚えが……というより、部屋の作品を丸々一つ買い取られて、よもやその一室を一時閉鎖にしなければならなくなるという異常事態を招いた紫闇の方にこそ確かな覚えがあり──
「──気に入っていただいていますかな?」
──にゅっと紫闇の背後から姿を現して、玻璃はそう尋ねた。
製作者が買い手に向かってその出来を問いかける、日常的で何の違和感もない言葉。玻璃としてはたったそれだけの認識でいた。
いや、その認識は間違っていない。間違っていないし、それは問題ではなかったのだが──
「…………?──!? お、お、お、おおおお、オト……おとこ、おとこの……おとこで、おとこが……! おとこの……ひ、ひと〜〜〜!?!? い、いやぁあぁぁぅっ……、きゅぅぅぅ……」
玻璃が紫闇の視界に姿を現した瞬間、紫闇の手に持たれていたガラス細工が落っこちて『パリイイィン!』と小気味の良い音が部屋の中に鳴り響いた。
長い製作期間を経てこの世に姿を現した作品が一瞬にして粉々に──しかし、そんな事はどうだって良かった。
──ガラス細工を落っことした紫闇が突然震え出したかと思ったら、糸が切れたように倒れてしまったのだ。
事態を一瞬で察知した光が滑り込んで紫闇の身体を支えたが、そうしていなければ机の角に頭部を強打してしまっていただろう。
そうなっていたら最悪死、夜見紫闇の人生はそこでジ・エンド、紫闇先生の
「突然どうしたんですか!? お嬢さん、お嬢さ〜〜〜ん!?」
「え〜っと──そこでストップ!」
玻璃もそれくらい見れば分かり、老熟した調子をかなぐり捨て、明らかに動揺した様子で紫闇に近付こうとしたのだが……寸前で光に止められてしまった。
『どうして!?』という視線を光に向ける玻璃だったが、光はそんな事を意にも介さないで血色の悪くなった紫闇の顔を撫でていた。
「あーあ、やっちゃった……。けどまあ……今回は不可抗力だったからアタシ、悪くないよね?」
光が紫闇の気絶の原因を『どうにでもな〜れ♪』をした自分ではないと自らに言い聞かせると、次第に彼女の表情からは罪悪感が薄れていった。
そして申し訳なさが完全になくなると紫闇の頬を慈しむように撫でていた時も束の間、いきなり手の甲でピシピシと叩き始めた。
頬を叩きながら「起きろー、起きろー」と声を掛けるが紫闇は中々目を覚まそうとしない。
それでもぺちぺちと覚醒を促しながら声を掛けていたのだが、ある時光はため息をついて困ったように言った──
「──コイツの
──と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます