第7話 趣味が合うなんて思うなよ!?
「──さぁ〜て、紫闇さん? アンタはどの服を選びますか?! 全部でもいいけどね?」
ようやく光と店員さんによる波状オススメ攻撃が終わったと思いきや、紫闇はそんな事を言われた。
そんな彼女の腕の中には、試着室内のハンガーにも掛かりきらなくなってしまった大量の服達が掛けられている。
果たして、二十にも上る紫闇に最適最強コーデ達の中から選ばれるのは──
「え、買わないわよ? 勿体ないもの」
「……はァ〜〜〜?」
持たされていた服をドサリと光に渡して、すたこらさっさと元の服に着替え出した紫闇。
その素早さたるや、『これが良い!』と答えてくれるもんだと思っていてド肝を抜かれた光と店員さんの、びっくり硬直が溶ける前には終わっていた。
──それだけ早く脱ぎたい程におしゃれが嫌だったのか、自分の中で揺れてしまうのを恐れた結果だったのかは分からない……。
だがそんな紫闇の内心を知らない光は、手渡された服を店員さんにぶん投げる形で渡すと一気に詰め寄った。
「せっっっかくアタシ達が選んでやったってのに、なんでそんなこと言うわけ〜?」
「いや、せっかくって……貴女結構楽しんでたじゃない?」
「た、楽しんでないしっ! 仕方なくだしっ!──そ、それに店員さんも選んでくれたんだよ? 失礼だと思わない、ねぇ?」
光の問いかけにコクリコクリと頷く店員さん。
だがそれでも紫闇の信念は変わらないようで……。
「とにかくいーや。私とファッションは水と油の関係なのよ」
「ほな、界面活性剤を探さないとね!」
「そういう問題じゃないわ」
紫闇は首をふるふると振って、どうしても服を買わせたい光の望みを突っぱねる。
だが、光としてはここですごすごと引き下がる訳にもいかず──
「はぁ……ホントに要らないの?」
「……だから、そう言っているでしょ」
ちょっと媚びるように、光は改めて問い尋ねたのだが、服には金を掛けたくないという紫闇のその意志はどうしても変わらないようだった。
がっくしと肩を落として諦観の念が見せた光。
だがその直後、何かを思いついたような表情を浮かべて拳で手のひらを打った。
そんな光の表情には、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた──伊達に一年の関わりの中で、紫闇の面倒な
「分かった、分かったよ。──店員さん、この服アタシが買うよ」
「よろしいのですか?」
「うん。その代わりと言っちゃなんだけど、アタシの家に届けておいてくれない? いつも通り、この量を持って歩けないからさ」
光の思い切った発言に、店員さんは喜色満面といった笑みを浮かべて大きく頷いた。
そんな笑みの中には、折角選んであげた紫闇ではないが、それでも最上の服々が見合う光の手に渡って嬉しいからというのもあるのだろうが、それよりも──一括で十万円以上のお買い上げされたのだ、笑みがこぼれない訳がない。
店員さんは丁寧でありながらも慣れた手際で、購入された大量の服達の配達準備を始めた。
テキパキと迷いなく動く店員さん──光が「いつも通り」と言ったように、短い言葉だけで意思疎通が図れている裏には、相当な馴染みがあるようだ。
そう、前に何度か光は服の買いすぎで困った事がある。
その時に「いつも贔屓にしてもらっているから」と店員さん自ら、光のアパートに届ける特別サービスをしてもらっている。
今回もその一環で、という事なのだろう。
「ほんと、よくもまあそんなに買うわね」
「ファッションとの出逢いは一期一会だから、当然のこと……というか、アンタに言われたくないわ」
「さぁ、なんのことかしら?」
「ふ〜ん、じゃあガラスのとこは行かなくていいって事ね?」
「あぁ、ごめんなさい〜! 許すから行こ〜っ!」
とぼけた様子から一転、焦った様子で光の腕に抱きついた紫闇。今の彼女にはいつもの平静さなんてどこにもなく、駄々をこねる子供のようである。
そんな紫闇を光は暑苦しそうに追い払いながら、顔では勝利の笑みを湛えていた。
「しっかたないなぁ〜、一緒に行ってあ・げ・る☆」
「おぉっ! 神様仏様光さまぁ〜!」
「ふっふ〜ん、もっとアタシを褒め称えたまえよ」
「ハハ、なに調子乗ってるのよ」
とある理由から出来れば一人では行きたくない紫闇は「一緒に来てくれる」と言った光を上げに上げた。片膝を突き両手を合わせて、神にするように感謝した。
普段では絶対にあり得ない行動。ただでさえ身体が拒否反応を起こすというのに、一層偉そうになった光の態度を前に一瞬で我慢の限界を迎えたようで──感謝の意は何処へやら、キッと半眼で睨んでいた。
いい気分になっていたのに急に冷水をぶっかけられた光は、不機嫌そうに紫闇に睨み返した。
少し目を離せばす〜ぐ一触即発の空気を作ってしまう二人だが、今回は爆発する前に──店員さんがニュッと再び姿を現して、二人の間に割り込んだ。
「──お時間はいつ頃に致しましょうか?」
「う〜ん、そうだなぁ……。
「承知しました。今後ともご贔屓にしてくださいませ」
「良い服入れといてよね〜?」
「勿論でございます」
色々なアパレル店を巡っている光だが、主にこの店を拠点にしているのは偏にセンスが良いからだ。仕入れられる服は光のドストライクを射抜くものばかりであり、非常に気に入っている。
積み上げられた期待を裏切らないでくれ──言外にそう
昔年の
そんな『うげぇ〜』を維持したまま、紫闇は光の方に向き直って言った。
「本当に買ったのね……十万分の服」
「まあね。アタシがお金をかけるの、ファッションくらいしかないし」
「貴女の趣味を否定するつもりはないのだけれど、私には理解出来ないわ」
「い〜の。アタシにとっては価値あるものだから」
光にとって『Vtuber』と『ファッション』の価値は命よりも重い。
それを手に入れる為には、
そんな事をキリッと言った光は「それに……」と一言置くと、首を傾げて再び口を開いた。
「アタシからしたら、アンタの『ガラス』の方がよく分からない」
「どうしてなのよ? 貴女、ファッション好きなんだから宝石とか好きでしょ?」
「まあ……宝石付きの指輪とかネックレスも好きだけど……」
「ガラス細工と宝石は一緒でしょう?」
「──いや、全然違うわよ!」
ファッションに興味を示さないどころか、アホらしいと思ってすらいる紫闇。
ガラス細工に興味を示さないどころか、馬鹿らしいと思ってすらいる光。
──やはりこの二人は相入れない存在なのだろう。
「同じよ〜♪ あの、ガラスでしか表現出来ない繊細さ。そんな儚さに反する、宝石に勝るとも劣らない煌びやかさと高級感。そして、あの小さな四面体の中に顕現しているそれぞれの壮大な世界には一冊の本のような……」
「──あーあー! 煩い長い速いっ!」
「とにかく、光ってて綺麗なのよ」
「はいはい、分かった分かった。……って、キラキラした物に惹きつけられるって、カラスみたい」
自らもオタクであるが故に、紫闇の早口系オタクを馬鹿にこそしなかったが、それでも『カラスみたい』と悪態が漏れてしまっていた。
だがしかし、『アンタの見た目、カラスみたいに暗いし』と言うのは我慢しただけ偉い。
それに──
「ピカピカ、キラキラ──ぐっへへぇ〜♪」
これから視界に広がるであろうガラスガラスの光景を想像して、気持ち悪い笑みを振りまく紫闇の耳には──光の悪態は届いていなかったのだった。
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