第6話 マネキンにされて嬉しいなんて思うなよ!?

「──あっちぃ……、まぶしぃ……、浄化されるぅ……」

「アンタ、アンデットとかその辺の一種なの? セイクリッド・ターンアンデッドする?」

「花鳥風月がいい……」


 ルンルンと鼻歌を歌いながら先を歩く光。

 その後ろで、光によって自宅から連れ出された紫闇は現在進行形で──溶けていた。


 スタジオ職場が自宅である関係で基本的に家から出ない紫闇は、都会のギンギラギンでさりげない陽光に耐えられていなかった。

 “てらす”は太陽神であるのに、何と情けないことであろうか──まあ、夢と希望アバターを脱ぎ去ったら、大抵こんなもんだ。


──炎天下でもピンピンと元気な光が逆におかしいのである。


「……というか、こうして貴女の服を使わせてくれるなら、わざわざ買う必要なんてないんじゃない……の?」

「なーに言ってんの、今回は特別に貸して・・・あげてるだけなんだから」

「いっぱい持ってるんだから、ちょっとくれてもいいじゃない……」

「やーだよぉ。アタシの大事なコレクション達なんだから」


 会話から分かるように、今の紫闇の服装はジャージではなかった。


 腰高にしたグリーンのフレアスカートに、紺のネイビーのTシャツをイン。普段は一切構わないボブヘアを今日は編み込んでいて、金のバレッタを付けている。

 そして、何が入るのか分からないくらい小さい、けど可愛いミニバッグを肩から腰に掛けた──そんなおしゃれ女子となった紫闇の姿は身体以外、全て光からの借り物であった。


 外を出歩くのに隣が『寸足らずジャージ女』では恥ずかしいと、街中に出る前に紫闇を自らのアパートに連れ込んで彼女のコーデを改めたのだった。

 紫闇からしたら一時間以上マネキンにされるわ、髪を引っ張られたり何かスプレーされるわ、身ぐるみ剥がされるわで「散々な目に遭った」と言っているのだが、それでも仕上がりを見て、隠しきれない興奮を露わにしていた事に気付いていなかった。


「……私、これからまたマネキンさせられるのよね」

「そうだけど? そもそも、アタシの身長よりもアンタの方が大きいんだから、サイズに合ったのにしないと♪」


 服を着されられては脱がせられる未来を想像して苦い顔をする紫闇に対して、服を着させては脱がせる未来を想像しては楽しげに微笑む光。

 名が体を表す通り、陰と陽で完全に対極を成している二人だった──まあ、おもちゃと遊び手の関係なのだから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが。


「う〜んと……あった!」


 あまりの軟弱さを見かねた光は近くの自販機へと走り、自分用と併せてドリンクをゲット。

 その片方を紫闇に手渡した……のだが──


「……おしるこって殺しに来てるのかしら? そんなに死体蹴りが楽しい?」

「ああっ、ごめんごめん。こっちこっち」


 光から『おしるこ』を手渡された瞬間、紫闇の中でシンプルな殺意が湧き上がったが、すぐに『コーラ』と取り替えられて事なきを得ていた。

 しかし、「炭酸もあまり得意でないのだけど」とも紫闇は呟いていたのだが、好き嫌いよりも今は暑さの方が上だったのか一気飲みをした──その裏では、光がこの暑さの中にも関わらず、何の躊躇いもなくおしるこを一気飲みしていた。


「──けど、こうして一緒に外を歩くのもかなり久しぶりよね」

「というか……こういう買い物は初めて? 配信用のアイテムを買いに行った時は何回かあるけど」

「何でかしら?」

「……なんででしょうね?」


 しら〜っとトボけているのか、いないのか分からないような反応を示す紫闇にジト目で睨む光。

 だが、そこには多少の『しょうがない奴』という気持ちも含まれていたようだったが──紫闇の特性を知っていなければ分からない事だった。


「今日はアタシ行きつけの、女性による女性の為の女性だけのブティックだから安心してよね」

「いつもその辺の気遣いは流石よね」

「妙に上から目線なのが気になるけど……まあいいわ。固まったアンタを運ぶのが大変ってだけだから」

「誰がデブですって!?」

「そんなこと言ってないわっ!」


 『自分が重いから大変』という被害妄想を拗らせて声を荒立てる紫闇。

 配信以外はグータラ過ごしている彼女には思い当たる事があったのだろうか……。


「……それで今日は服だけ?」

「うーんと、多少小物店も見にいこうと思うけど……」

「──じゃあ! ガラス工房にも行きましょ!」

「え〜……。やだよ、アンタ一回くっついたら離れないし」

「きょ、今日は気をつけるから!」


 外出が嫌いな紫闇であるが、外での唯一の趣味は──ガラスだ。

 何を言っているのか分からないかもしれねぇが、光が「はぁ……」とため息をついているから後々分かるだろう。


 そんな事をしているうちに、お目当てのブティックへと到着して──


「さあ行くよ、アタシ達の服屋エデンへと!」

「……憂鬱だわ」


──光に手を引かれて紫闇はおしゃれ空間へと突入したのだった。



 ☀︎┈┈☽┈┈☀︎ ☽┈┈☀︎┈┈☽



「──もうヤダァ…………!」

「まだまだ行くよ!」


 さっきから試着室に詰められている紫闇は半分涙目になりながら、光から渡される服に着替えていた。

 今渡されたのは、紺のニットにデニム地のスカートとジャケット。紫系に統一されたコーデだが、紫闇のちんまりとした身体がよく映える。


「こちらなんていかがでしょうか?」

「あっ、はいぃ……」


 紫闇の涙目を加速させているもう一つの原因はこれ──店員によるおススメリコメンド攻撃によるものだった。

 店内に入るや否や「Oh、おしゃれガール!」とおだてられてちょっと気分が良くなってしまったのが運の尽き。それから永遠に「これはどう? これはどう?」と粘着されていた。


 紫闇だけならまだ良かった。彼女は本当に熱心に選んでいて、一組選び終わるまでに二十分くらいかかるから。

 けどくだんの店員さんが経験から、紫闇の体型人ばっちり合ったコーディネイトを片っ端から持ってきてくれちゃうお陰で紫闇には休む暇が一才なし。しかも、比較的初対面の人とは関わりたくない勢の彼女にとって今の状況は地獄だった。


(も、もうやめてぇ……)


 ただでさえ『服』というものが嫌いな紫闇であるのに、それを無限におススメされて、なおかつ断れずに脱ぎ着しなければならないという地獄は彼女の心に大きなダメージを与えていた。

 心の中で泣いてしまうくらいには……。


 悟りを開いてただ無心になっていれば心へのダメージもだいぶ軽減されていたのだろう。

 だが──


「あっ、可愛い……」


──試着室に付けられた鏡に映った自分を見て、少なからず『可愛い』と思ってしまう所為で無心でいる事は不可能だった……というか、ファッションに一切興味がないと思っていた今まで自分を裏切ってしまっているような感覚に陥ってしまっているのも、彼女の精神がジリジリと削られている原因でもあった。


 まあ、それはそれとして……。


「──これはどう?!」

「こちらは如何でしょう?」

「「こちらはッ?!」」

「もういやぁぁぁぁ……」


 ワニワニパニックのようにカーテンの向こうから引っ込んでは生えてくる光と店員さん。その手にはデニムからプリーツスカートまで幅広く揃えられていて……。

 紫闇はムンクの叫びを上げながら、それでもしっかりと試着はしていったのだった──

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