第8話 父の怒声
「ところで、今の話題の中に出て来ていた、悠馬さんと言うのはどちらの…?」
部屋の中にいる二人の男性を品定めするかのように見つめながら、大野がたずねてきた。
「私です。」
悠馬が、大野の目を見つめながら答えた。
「ああ、玄関まで自分を出迎えに来て下さった方が悠馬さんだったのですね。
先程は、どうも。
それでは、あなたが昨晩の夕食後に、巌さんの部屋に行かれたのですね。」
大野は、おもむろに悠馬への質問を始めた。
「はい、行きました。夕食が終わる頃に、父が『昼の会議で議題となっていた案件を進めておきたい。』と言ってきましたので、その話をする為に伺ったのです。」
悠馬が答えた。
「話だなんてのんびりした話題のように言っているけれど、何だか父さんと揉めていなかったか?
確か父さんの怒った声が聞こえていた気がしたけれど…。」
悠馬の話を聞いていた颯斗が、話に割って入ってくるように言った。
「そうなんですか?
それは、気になるお話ですね。ありがとうございます。
ところで、失礼ですがあなたの名前もお伺いしてよろしいですか?」
颯斗の話を聞いて、大野は、身を乗り出す様に彼を見つめながら反応していた。
「ああ、弟の颯斗です。
まぁ、弟とは言っても、兄の悠馬と血は繋がっていませんがね。」
颯斗が素っ気なく答えた。
「弟の颯斗さんですね。ありがとうございます。
そうですか。お二人には血縁関係が無いのですか。」
「そう。血縁関係で説明するなら、母と妹の瑠璃が血のつながっている家族だよ。
両親が数年前に再婚した。ただそれだけの話。」
「ありがとうございます。よくわかりました。
話を戻しますが、あなたは昨晩、兄の悠馬さんが巌さんと揉めていた声を聞いたのですか?」
大野が、再度しっかりと確認するように聞いてきた。
「まあ、揉めていたというのかな?
僕が聞いたのは、父さんの声だけですけれどね。
同じ部屋になんていなくても聞こえてきた、とても大きな怒鳴り声でしたからね。」
「ほぉ、大きな怒鳴り声ですか。
そうですか。それは、有益な情報をどうもありがとうございました。
それでは、悠馬さん。
今の颯斗さんの話について、当人であるあなたから直接お伺いしたいと思います。
昨晩巌さんと何があったのか、詳しく教えていただけますでしょうか?」
探るような顔をしながら、大野が悠馬を見て聞いてきた。
「ええ、分かりました。もちろんちゃんとお話します。
でもそんなわざわざ話すような内容でもありませんがね。
父が大きな声で、自分の意見を強調していたというだけの話なんです。
そういう話し方をする父なんですよ。
そうですね。話をしている時に、相手が自分の考え方と違う事を言ったりすると、自分の意見を大きな声で主張する事が多いんです。
多分そのような話し方をすると、いつも周りの者がすぐに自分の意見に従うからだと思います。
もしも父を知らない人が聞いたら、かなり傲慢な態度の話し方と思われる方もいるかもしれません。
ですが、それは自分の信念を貫いてきた事で、現在の業績まで築きあげてきた父の自負があるから行える行動なんですよ。
だから、父の大きな声を聞いたからといって、それで相手であった私と喧嘩をしていたとか、そういう判断になる訳ではないんですよ。
そう、昨晩私と父はケンカなんてしていませんでした。」
悠馬は、それが父の話し方の特徴であると大野に説明をした。
「なるほど。
今のお話を伺うと、巌さんとは、何も揉めていいなかったとあなたは言うのですか。
分りました。
いやしかし、おかしいですよね。
巌さんが大きな声を出したという事は、まさに悠馬さんが、巌さんの考え方と違う話をしていたという事ですよね?それは、あなたが先程説明をしていた事です。
それなのに、あなたとお父さんは揉めていなかったと説明するのですか?」
大野が少し強い口調で話を続けた。
「いいえ、昨夜の話は、そんな考え方が違うというようなものではなかったんです。
その事は、私も賛成はしている話なんです。
・・・ただ、まだ時期だけがちょっと早いのではないかと、私は考えているんです。
それだけのちょっとした違いなんです。」
悠馬が答えにくそうに答えていた。
「はぁ、今の悠馬さんの話は抽象的すぎて、自分には内容が全く伝わってきませんね。
すみませんが、その話の内容というやつを、教えていただく事は、出来ますでしょうかね?」
大野が探るように聞いてきた。
「内容を言うのですか・・・。
今、ここで・・・。」
そう言うと、悠馬は、そのまま話すのをためらっていた。
悠馬は、明らかに聞かれたくない事を聞かれたという表情を浮かべていた。
大野は、その表情を見逃さなかった。
「そうですね、ぜひお伺いさせて下さい。」
大野は、悠馬に今までよりも更に強い調子で話を促していた。
「わかりました、お話します。
その話と言うのは、颯斗の仕事についてなんです。」
悠馬が大野の質問に答えるまで、少しの間が開いていた。
観念したかのような表情を浮かべた悠馬は、颯斗の方を見ながら少し言い出し辛そうに、そう答えた。
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