10


 ――それから、一週間の月日が流れた。


 ◇


 それは、彼女が時折見る夢だった。

 子どもの頃、途方もない喪失そうしつと絶望に打ちひしがれた日のこと。



 どこまでも広がる、灰色の曇り空。

 年端もいかない少女は、二つの閉じられた棺桶かんおけを見つめながら、涙を流している。


 小鳥のさえずりがうるさかった。風に揺られる自然を壊してしまいたかった。

 とむらいのために用意された美しい花々の全てを、燃やしてしまいたかった。


 ……そうすれば、両親が帰ってきてくれるかもしれないから。


「おかあさん……、おとうさん、」


 よくある話だった。

 迷宮探索者が魔獣や罠によって命を失い、二度と帰って来なくなることなんて。


 この国では、今日も数多の迷宮探索者が夢や希望を求めて迷宮に向かい、そのうちの幾らかは志半ばに死んでいく。

 でも幼い彼女は、その事実をほとんど知らなかった。

 少女は表情を歪めながら、思い出す。


 ――わたしもいつか、ふたりみたいな『めいきゅうたんさくしゃ』に、なれるかなあ?

 ――ああ、なれるさ。君は聡明そうめいで優しいから、迷宮探索者に向いていると思うぞ。

 ――私もそう思うわ。もし迷宮探索者になれたら、三人で探索に行きましょうね!

 ――うん、わたし、すっごくいきたい!


「わたし、」


 あふれる涙を拭いながら、少女は呟いた。


「どうやっていきていけば、いいのかなあ……」


 その言葉は誰に届くこともなく、消えていった。

 灰色の月は、遠い空の向こうで分厚い雲に隠されて、見えそうになかった。


 ◇


 ベッドの上で目を覚ましたリーズロッテは、頬の微かな湿り気で、自分が眠りながら泣いていたことに気付く。


「……悲しい夢だったな」


 呟きながら、彼女は僅かに残っている涙を拭うと、ベッドから降りる。


 いつものように分厚いカーテンを開くと、澄んだ青空がどこまでも広がっている。


 だから彼女は、今日も精一杯生きていこうと思う。


 ◇


 探索同行の予定はなかったけれど、家で勉強するよりもはかどるから、リーズロッテは同行魔術師紹介所・エシテラシアを訪れていた。


 扉を開いた彼女は、思わず目を見張った。

 目の前に、一週間前に迷宮探索に同行した、ジレとソリアの姿があったからだ。

 兄弟も驚いたようで、少しの間静寂せいじゃくに支配される。


 沈黙を破ったのは、リーズロッテだった。


「ジレさん、ソリアさん。一週間ぶりですね」

「うん、一週間ぶり! リーズロッテさんは元気にしてた?」

「勿論です。あれ、お二人は同行魔術師の契約けいやく期間が終わった頃ですか?」


「そうだね。〈ユクシアの森〉の地下三階まで踏破とうはできて、いい経験になったよ」

「それはよかったです。そういえば、これからはどうするんですか? お二人で迷宮探索することになさったんですか?」


 首を傾げたリーズロッテに、ジレはにこやかに笑う。


「いやいや、違うよ。実は今さっき、指名方式で新しい契約を申請してきたんだ」

「ああ、いいですね! 差しつかえなければ、どなたとの契約かお聞きしてもいいですか?」

「あはは、わからない? 勿論もちろん、リーズロッテさんだよ」


 その言葉に、リーズロッテは目を丸くする。


「わたしですか?」

「そうだよ! この一週間、色んな同行魔術師さんと探索したけど、また探索したいなって一番思ったのはリーズロッテさんだったんだ」

「わあ、ありがたいです」

「俺もそうだったし、何よりこのソリアがぜひお願ムグッ」


 今まで黙っていたソリアが、ジレの口を右手で物理的にふさぐ。ソリアは微かに耳を赤らめながら、「かっ、勘違いするなよ!」と言う。


「別に僕は、リーズロッテと一緒に探索したいとか思っていないからな! あくまでリーズロッテが一番優秀だったから、まあこいつとならもう一回契約してやってもいいかと思っただけだからな! いいか、勘違いするなよ!」


 早口でまくし立てるソリアと、口を抑えられて「むぐー、むぐ!」と言っているジレ。


 そんな兄弟を見ていると、リーズロッテはつい笑顔になってしまう。

 藍色の瞳に二人の姿を映して、彼女は桜色の唇を開いた。



「嬉しいです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね!」



 これから始まる日々を思いながら、リーズロッテは幸せそうに微笑んだ。

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砂糖菓子と灰色の月 汐海有真(白木犀) @tea_olive

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