第16話 料金体系
「あ、でもやっぱり毎回これだけの額を貰うわけには流石にいかないから、月謝の基準は決めておくね」
「あっ、はい」
感動的なセリフを口にした結果、なんだか急に恥ずかしくなってきた私は、話を逸らすように現実的な話題に切り替える。せっかくの良い雰囲気だったけど、避けては通れない話でもあるわけだから、まあしょうがないよね。
「私は、魔法学院みたいな多対一の指導形態に構造上の欠陥を感じてるんだ。一度に数多くの生徒を教えるのは確かに効率的ではあるけど、個々の生徒の資質を最大限に伸ばすにはどうしても無理があると思うんだよね」
画一的な能力を持った学生を量産したいならそれでも問題ないんだけど、魔法学院は国内……いや、世界でも最高峰の学び舎だ。ならその格に見合うだけの教育が求められてしかるべきだと私は思う。教授陣は(ごく一部を除いて)文句なしに最高なんだけど、学院自体の教育システムは完全とは言い難いんだよね。
「学ぶ意志を持った学生ですらも完全には掬い上げきれないのが、現状の魔法学院の指導形態だよ。だから私はそんな状況を打開するために、極端な取捨選択を行います。具体的には、私がじっくりと観察した上で伸びると確信した生徒しか弟子に取りません」
人を選びすぎるのはよくないのかもしれない。でも、私が運営しているのは税金で賄われている公的な教育機関ではなくて、個人が経営する私塾なのだ。しかも株主の意見に左右される株式会社ですらない。ならばそこのオーナーである私が生徒を選ぶのもまた自由だろう。
「超少人数制ってことですね」
「うん。そゆこと」
だから何十人も何百人も弟子を取ったりするつもりはない。多分だけど数人程度、多くても一〇人に満たないくらいしか、一度に教えることはないだろうね。
「で、それだけ数が少ないと、あんまりに月謝が安かったら私の生活が立ち行かないわけですよ。さりとて月謝が高すぎると、今度は経済的な事情で才能ある子の未来を取りこぼしかねないよね」
需要と供給のバランスは難しい。どこかの偉い学者さんが言った「神の見えざる手」とやらに従ったら、結局は魔法学院と同じような多対一の講義形式にならざるをえないだろうね。
でも私には秘策がある。いや、秘策ですらないかもしれない。これは私だから採れる方法だし、私でしか実現できない理想論でもあるのだ。
「ところで、私に教育者としての才能があるのは、当の弟子であるリアちゃんもよく知るところだと思うのですが」
「はい。とってもよく知ってます!」
めちゃくちゃ良い笑顔で勢いよく頷くリアちゃん。うーん、良い子だ。可愛い。
「弟子が強くなれば、冒険者なり何なりでいくらでも稼げるようになると思うんだよね。で、そこで得た収入から五割ほど月謝を徴収すれば、少人数制でも採算は取れるし、家庭の経済状況を圧迫もしない……と。名付けて『育てた弟子に貢がせよう大作戦』!」
「名前、もうちょっとなんとかなりませんか⁉︎」
あまりに直球すぎるネーミングに、流石のリアちゃんもドン引きのようだ。基本的には私のイエスマンになりつつあるリアちゃんだけど、完全に言いなりじゃないあたり、自分の意見を持っていて偉いと思う。
「でもこれが一番安パイじゃない?」
「……確かに、言われてみればそれが最適解な気がしてきました」
ようは稼がせる力を持たせてやれば良いだけなのだ。そこに至るまで育て上げるのは私なんだし、なら私がその利益を享受したって何の倫理的問題もないよね。
たくさん稼げるようになればそれだけ私の身入りも増えるし、逆にそこまで稼げないようならそれは端的に私の指導力不足と言える。実にシンプルかつわかりやすい方式じゃないの。成果報酬ここに極まれり、って感じだね。
「ま、最初の数ヶ月はなんとでもなるよ。リアちゃんがいっぱいお月謝をくれたからね……」
「いえいえ。こちらこそ、このくらいしかできなくて申し訳ないくらいです」
本当、リアちゃんには頭が上がりません。これで当面の資金繰りには頭を悩ませずに済みそうだ。
「さて、そうと決まればリアちゃん。学院に追試験の申請をしに行こうか。確か締め切りが三月中旬だから、まだギリギリ間に合うよね?」
「はい。申請期日が明後日だった筈です。もうすっかり諦めたので受けるつもりもなかったんですけど……挑戦してみようかと思います!」
「その意気だよ、リアちゃん。さあ、学院まで走った、走った!」
追試験を受ける生徒の数はそう多くないので、挑戦はギリギリまで受け付けてくれていた筈だ。リアちゃんの貴重な一年を無駄にしないためにも、なんとしてでもここは合格させてあげなくちゃならない。
「リアちゃん専用の強化プログラムを考えなくちゃね……」
二人して皇都の表通りを駆け抜けながら、私はリアちゃんに特化した強化プログラムの構想を脳内で練り始める。魔力操作の精度向上に、出力制御の練習、属性魔法の扱いに慣れることに加えて、現代魔法理論の習熟にまで手を出す必要がある。
どれも一朝一夕に仕上がるものではないけど、真面目な学生だったリアちゃんには知識面での下地があるから不可能な話ってわけでもない。
「学院が見えてきましたね。……あっ、先生。学生証ってまだ持ってますか?」
「…………忘れたかも」
もう魔法学院に戻ることはないと思っていたから、すっかり忘れてたよ! 学生証がないと構内に立ち入りできないじゃん!
「ええい、顔パスでなんとかならぁ!」
四年間首席を維持し続けた優等生の知名度をナメてもらっちゃ困る。本当なら駄目なんだろうけど、顔馴染みの守衛さんならきっと通してくれる筈だ。
「先生……」
リアちゃんの駄目な人間を見るような目が、少しだけ心に刺さる私だった。
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