第4話 再試験と新しい出会い

 翌日。昼間にゴソゴソと起きてきて、ゆったり朝ごはんと昼ごはんを兼ねたブランチを摂取した私は、いつもの軽装で冒険者ギルドに再び赴いていた。

 服装は、運動に耐えられるブラウスとチノパン。それに加えて、防寒で魔法士がよく着るローブ風のコートを羽織っている。

 このコートには『防風』と『蓄熱』の魔法を付与してあるので、冬でもけっこう温かいのだ。何気に重宝している生活魔法だね。


 で、てくてくと歩いて昨日の受付嬢……ペトラさんのところに向かえば、何やら作業をしていた彼女は顔を上げてこちらへと軽く頭を下げてきた。ペコラさんだ。


「おはようございます」

「おはようございます。ちょうど良い時間にいらっしゃいましたね。これから再試験の受付をしますか?」

「ええ。お願いします」

「わかりました。少々お待ちください」


 身分証の提示やら、申込書への記入やら、諸々の手続きを済ませて待つことしばし。ペトラさんが私を再び呼んだので、カウンターに向かう。


「これにて受付完了です。一三時に裏の演習場に来てください」

「わかりました」

「簡単な実技の試験くらいですから、そう時間はかからないかと思います。ご武運をお祈りします」

「あ、どうも。ありがとうございます」


 ペトラさん、基本的に無表情なんだけどかなり良い人なんだよなぁ……。「白魔女ゼミナール」が人気塾になったらぜひ事務として雇いたいくらいだね。



     ✳︎



 一三時になってギルド裏の演習場に行けば、そこには既に何人かの冒険者と思しき人達が待機していた。

 柄の悪そうな男の人が二人に、冒険者をやるにしては若干歳が過ぎた印象のおじさん。それと駆け出しっぽい若い男女の組み合わせと、まだ随分と若い女の子が一人だ。


「ん?」


 よく見れば、女の子の服装には見覚えがある。というか見覚えがあるも何も、つい先日まで私自身が着ていた魔法学院の制服だ。

 ちなみに今の私は冒頭でも述べた通り、完全に私服です。書類上はまだ学院生だけど、既に卒業式は終わってるし、社会人にもなれてはいないからスーツだって着たりはしません。なんか自分で言ってて悲しくなってきたなぁ……。


 そんなふうに一人芝居をしていると、ふと女の子と目が合った。

 ぺこり、と小さくお辞儀をしてくる女の子。

 うん、可愛いね! 可愛いは正義だよね。見た感じ、私と同じか、ちょいと下くらいだろうか? いずれにしても先輩ではなさそうだ。


 せっかくなのでその子のほうへと近寄って、話しかけてみることにする。

 

「こんにちは」

「あ、はい。こんにちは」


 以上。会話終了。……って待った! もうちょいなんか無いの⁉︎


「えーっと、君は今日初めての試験なのかな?」

「いえ、実はもう三回目なんです。何度やっても、どうしてもあとちょっとのところで合格できなくて……。学院でも落ちこぼれだし……あっ、すいません。自分の愚痴みたいになっちゃって。わたし、リアって言います」

「リアちゃんか。ふぅん、良い名前だね! 私はアマーリエだよ」

「アマーリエさんですね。よろしくお願いします」


 どうやらリアちゃんとやら、魔法学院でもうまくいっていないらしい。…………これは新規顧客獲得のチャンスかな?


「はっ! こんな簡単な試験にすら合格できねぇようなのが生徒か。魔法学院も堕ちたもんだな」

「なんですって⁉︎」


 急に暴言を投げかけられたので思わず振り返れば、そこには柄の悪い男が二人。そのうちの片方が、どうも私達にいちゃもんを付けてきたみたいだ。


「なんですっても何もねえよ。……なぁ、銀髪女。知ってるか? 冒険者になるための試験ってのは、ようは腕っ節がありゃ簡単に受かるもんなんだよ。それなのに二回も落ちるってのは才能がねェンだよ!」

「……っ」


 才能が無い、のあたりで表情を強ばらせたリアちゃん。その顔を見て、私の中で何かが弾けた。


「才能が無い? リアちゃんに?」

「そうだっつってんだろ、銀髪」


 なんでこいつは、自分に関係ないのにこんなにもリアちゃんに突っかかってくるんだろうか。そんなに人を貶して楽しいんだろうか。


 学院時代の嫌な記憶が蘇る。私がどれだけ良い点数を取っても、あれこれ文句を付けて評価を下げてくるクソ教師。

 そんな私を庇ってくれたエミリーの評価まで下げると脅してくる人間の屑。

 幸いあの時は、より上位の先生が客観的に判断を下してくれたおかげでことなきを得たけど……その時に感じたのと似た黒い感情が腹の底から湧き上がってくるのを感じる。


「つかさ、銀髪ちゃん割と胸でっかくねぇ? 隣の子も顔もけっこう可愛いしさ、どうよ。こんな試験なんてやめて、オレらと遊ばない?」

「リアちゃんが」

「あん?」


 隣でずっとニヤニヤしていた軽薄そうなほうの男がそんな誘い文句を口にしてきたが、私は無視して最初のほうの男に向かって続ける。


「リアちゃんが才能が無いって、本当に思って言ってるの?」

「あ? どう見てもねぇだろうがよ。だから二回も落ちてんだろうが」

「えー、ちょっとオレのこと無視すんの?」

「テメェは黙ってろ。……なあ、銀髪。違うか?」


 もしかしたらこの男、隣の軽薄野郎とは違ってある程度本気でこの試験に臨んでいるのかもしれない。それで、何回も落ちるようなリアちゃんの存在が気に食わなくて、こうして文句を言ってきているのかも。

 でもまあ、そんな事情は知ったことじゃない。嘘の言葉で、不当に低い評価を受ける子がいるのを私は見過ごせはしないのだ。


「リアちゃんは才能があるよ」

「あ、あの。アマーリエさん。わたしのことなんて庇わなくてもいいですから、その」

「大丈夫。本当にそう思ってるから、こう言うんだよ」


 会ったばかりの私に迷惑をかけまいと、そう言うリアちゃん。でも私にはわかるのだ。


 ってね。


 というかそもそも、魔法学院の入試を突破できるだけで何かしらの光るものはあるに決まっているのだ。名門校の入試はまぐれで受かるほど甘くはない。

 学院では落ちこぼれかもしれないし、冒険者の試験では二連続で落ちちゃってるかもしれないけど、それは力の使い方が間違っているからだ。正しい力の使い方を覚えれば、リアちゃんは絶対に化ける。


「私がリアちゃんを教導エデュケートするよ」

「ア、アマーリエさん?」


 困惑するリアちゃんを尻目に、そう宣言する私。……なんだか俄然、たぎってきた!

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