142(シオン視点)アイテムバフの上限突破
――嫌です。
そうはっきり告げたヘンリエッタに、ヘルムートは苛立たしげにため息をついた。
「はっ、人形が一丁前に色気づいたというわけですか。ならば計画を変えましょう」
言うや否や、ヘルムートの姿が消えた。
いや、消えたと見紛うほどの速度で踏み込んできた。
僕は手にしていた勇者焼きをその前に放りながら、エストックを取り出した。
ヘルムートの剣撃を、エストックで受け止める。
「……おや?」
ぎりぎりと猛烈なSTRで剣を圧しつけながら、ヘルムートが首をひねる。
「あなたのレベルはまだ7と聞いていましたがね。どうして私の剣を受けられるのです?」
ヘルムートの服には僕の放った勇者焼きから飛び出した餡――甘く煮たペースト状の小豆がくっついている。
ヘルムートはワンドを持った左手でその餡をいまいましそうに払い落とす。
「天才という評価は取り下げるよ、先生」
と僕。
「目の前にある答えに気づかないやつのことを、世間では馬鹿と呼ぶんだ。ひとつ賢くなったな、先生」
「このクソガキが!」
怒りつつもヘルムートを力押しをやめ、剣をからめるようにして僕のエストックを弾こうとする。
僕は潔くエストックを手放した。
「なにっ!?」
「くらえ!」
ガツン、と衝撃が脳髄を揺さぶった。
僕の頭突きがヘルムートの鼻面に直撃したのだ。
「ぐあ……!」
よろめく僕に、ヘルムートは鼻血を抑えながら、
「ふざけやがって!」
ワンドで僕を殴りつける。
打撃そのものは大したことがなかったが、ワンドから溢れた突風が僕を大きく吹き飛ばす。
あのワンドも魔導具なのか!
「ぐ、おおお……!」
僕は塔のさして広くない屋上を転がされながら、床に両手の爪を立てて抵抗する。
激痛とともに、生爪の剥がれる嫌な感触がした。
だがその甲斐はあって、僕は屋上の縁の手前で止まることができた。
爪が剥がれた両手で剣は握れない。
僕は即座に魔法の詠唱に取り掛かる。
ヘルムートは魔法ではなく再度の接近を選んだようだ。
僕の唱える呪文を聞いて脅威度は低いと考えたのか。
だが、
「マジックアロー!」
「なにっ!?」
ぎゅんっと鋭く飛んだマジックアローがヘルムートの頬に傷をつける。
「私のMNDで無効化できない……馬鹿な、おまえのINTがそんなに高いはずがない!」
「まだ気づかないのか」
僕は持ち物リストから取り出した勇者焼きを頬張った。
「勇者焼き……バフか? だが、勇者焼きのバフ効果はわずかなもので、二回以上は重複しないと……いや、そうか!」
ヘルムートが僕をきつく睨む。
「貴様のギフトは『上限突破』だったな。勇者焼きのバフを
「ようやく気づいたか」
そう。タネを明かせば簡単だ。
アイオロス名物、「勇者焼き」。
基本的にはお土産にしかならないアイテムだが、食べるとランダムにわずかなバフをかける効果がついている。
ヘルムートが言った通り、このバフは二回までしか重複しないらしい。
だが、僕には「上限突破」のギフトがある。
さっきからせっせと勇者焼きを食べてるのは、ヘルムートの前に現れる前に食いだめした分のバフを更新するためだ。
「甘いものはあまり好きじゃなくてね。いい加減胸焼けしてきた。さっさとケリをつけさせてもらう」
「戯言を!」
ヘルムート・ル・マクファディアンはAランク勇者だ。
レベルは既にカンスト済みだと公言している。
ならば各能力値は最低でも4、50――高ければ80以上あってもおかしくない。
だから僕は、勇者焼きを嫌と言うほど食いだめしてきた。
今の僕の能力値は、平均して80を超えているはず。
もちろん、ポーションをがぶ飲みして現在HPも最大HPを大幅に上回る値にまで上げている。
そのおかげか、剥がれたばかりの爪がもう元通りに治っている。
期待通り、対応できている。
ヘルムートの動きは普段の僕では目で追うことすらできないだろう。
だが、今の僕のDEXなら等速くらいに感じられる。
剣で撃ち合えばパワーで勝てるし、魔法の威力でもある程度は対抗できている。
だが、それだけで勝てるほどAランク勇者は甘くなかった。
駆け出しの冒険者並みのスキルしか持たない僕に対し、ヘルムートは剣・魔法ともに強力なスキルを持っている。
おまけに多数の魔導具を攻守に織り交ぜてくるからたまらない。
「くそっ!」
「無理矢理能力値をブーストしただけで俺に勝てるとでも思ったか。お笑い草だな」
ヘルムートがワンドを振るう。
発生した突風が、僕を塔の外縁にまで吹き飛ばす。
ヘルムートは吹き飛ばされる僕に追いついて、ワンドでさらに突いてきた。
「ぐわっ!」
僕は足から着地する――が、足場がない!
塔の屋上の外へと飛ばされたのだ。
慌てて手を伸ばして、僕は指先を塔の縁に引っ掛ける。
その指を、ヘルムートがぎりぎりと踏みつける。
「ぐ、あ、あ……」
「いくらPHYにバフがかかっていても、この高さから落ちては助かるまい」
僕の指が爪先でえぐられるたびに、骨の砕ける音がする。
上限突破したHPのおかげですぐに回復するが、回復したところをさらに折られる。
「や、やめて!」
「こいつを助けたければ早く撃て。簡単なことだろう」
ヘルムートがヘンリエッタに言い放つ。
「苦しみに耐えて俺の支配を断ち切った。お見事お見事。だが、それだけで済むほど世の中はお花畑じゃないんだよ。こいつを殺されたくなければあいつを殺せ。こいつは支配じゃない、ただの取引だ。おめでとう、俺とおまえは対等だよ、はははははっ!」
「くそが……」
僕はもう片方の手を縁にかけようとするが、ヘルムートに蹴り飛ばされる。
「わ、わかったわ……ゼオン先生を撃つ。だからシオン君は助けてあげて」
「いいだろう。だが、約束を果たすのはそっちが先だ」
のろのろとマクファディアンキャリバーにヘンリエッタが向かう。
「ダメだ……!」
と言うが、じゃあどうしろと言うのか。
僕を見捨ててゼオンを助けろと?
それとも、ゼオンを殺したところで僕もどうせ殺されると叫んでみるか?
解決策がない。
詰んだ。
僕にできるのはここまでなのか。
「はっ、兄さんならもっとうまくやれたのかなぁ……」
そんな自嘲を漏らした僕に答えるように、空から剛雷のような声が降ってきた。
「――諦めるんじゃねえぞ、馬鹿野郎!」
振り仰げば、封印塔の上空を過ぎる大きな影。
見慣れた形状の影から、太陽を背負って何者かが飛び降りた。
全体重と落下の慣性をフルに乗せて振り下ろされたハルバードを、ヘルムートが剣とワンドをクロスさせて受け止めた。
あまりの衝撃に塔が揺れた。
塔の床がヘルムートの両足を中心にひび割れた。
僕はその隙に塔の屋上へと這い登る。
「おう、気張ってるみてえじゃねえか、シオン」
ヘルムートと対峙する
「……嘘だろ?」
飛竜に乗って現れたのは、見間違えようもない――「古豪」のベルナルドその人だった。
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