第2話 裏内屋敷
「だからって、なんで私だけが反省文めいた報告書を書かされるんだよ!」
深夜。ひとり部屋の中で絶叫する女。
近所迷惑の化身だが、さいわい「この家」に限ってはそんな心配はいらない。
家そのものを外から隠すように周囲に過剰に建てられたビルの中には
人はおろか虫一匹生きているものは存在しない。
「
元々の住民の名をとってそう呼ばれるこの家は55年前から度々住む人が入れ替わっているにも拘らず、その住民のことを誰一人知らない。記録はおろか、家族で住んでいたのかひとり暮らしだったのか、ということを誰も憶えていない。
祟りが跋扈し、千の怨霊を滅ぼしても千五百の怨霊を新たに生み出す世界にあってもなお不可解なその事実から、
この家は「神隠しの家」と呼ばれている。
「まあおかげで格安で都内のこんな一軒家に住むことができたんだがな」
(不動産屋には15回確認されて、『何があっても自己責任』ということが考え得る限りの表現で記された書類の数々に署名させられたのも今ではいい思い出だよ…たぶん)
たまにラップ音やら姿の見えない生き物の名状しがたい鳴き声がするけど、この程度はありふれたことだし。
「長期的に滞在して積み重なったものを可及的確実に祓う」
その名目が、あの家にどこまで通用したのかは知らないけどね。
まあ、体のいい厄介払いができればなんでもよかったんだろうな。
―それくらい空気は読めるし。
空気 厄介祓い
…まずい、ダウナーになってる場合じゃないのに。
「愛円団地13棟倒壊の原因となった怨霊『しょごようしゅくん(仮名)』の討伐報告書」
今晩中に形にしないといけないのにな。
幸い所長の恩情で職場にまだいられているけど、これ以上ミスするのは避けたい。
「もし追い出されたら、10番目の職場を探さなきゃならないのか…」
問。前の職場をやめた理由は何ですか?
答。簡単な仕事をしていたら、ついうっかり災害レベルの怨霊を連続で引き当ててしまいました。
最悪だな。
「とはいえ、いまさら『祓い』以外の仕事なんてできないし。
周りに被害が出たらシャレにならん」
トン、トン、トン。
昔は学校の先生に憧れてたんだけどな、私。
いやあの頃は純粋だったな~
いつからこんな仕事の愚痴をひとり寂しくこぼすようになったんだろうな。
…何か涙が出てきた。
さすがにこれ以上は危険だな、レッドゾーン。
「まあこんな世界だったら、祓い屋の仕事はいくらでも湧いてくるし」
それに一応「名家」のお嬢様だし。
家の敷居を跨ぐことを禁止されてるけど。
「…黙って仕事しよ」
一応これも単に反省文じゃなくて、今回の報告書ってことだし。
でもまだまだ細かい知識が、ないんだよな私。
実家ではまともに教わってなかったから。
所長が貸してくれた本には、用語とかの説明は書いてるんだけど。
わざわざ高そうな本を持ち帰ってもいいだなんて。
…もしかしてこれ次はない、って最後通告か?
いや、怖いこと考えるのはやめよう。とにかく今はお仕事ですよね。
「えっと『本案件を引き起こした従業員の権能(仮定)について』…私だって好き好んでこんな体質になったんじゃないのに…」
トン、トーン、トーン。
またどっか水漏れしてるんだろうか? まあ、いつものことだし。
さっさと報告書を埋めないと・・・
「終わった~」
とりあえず寝る!
報告書の質? スケジュール相応、それでいいだろ?
そして部屋の隅に置かれたベットに潜り込む。
ちなみに家具の中で一番高いのはこの品。
人間に一番大事なのは安眠と昔教わったので、バッチリ快適安眠仕様です。
「おやすみ」
その直後、
布団の中から出てきた腕が、
私の首をねじ切った。
意識が暗転する間際に。
トーントーントーン。
何かを打ち付ける音と。
「ひさしぶりですね」
そんな少女の声が聞こえた気がした。
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