第11話【チカラ】

「うがー!疲れた……頭いってぇ…」


 美涼を助けたあと俺はそのままアパートに帰り、飯も食べずに自分のベッドに寝転びながら今日の事を思い返す。


「……あれで良かったんだよな?美涼の事は助けられたし、あのクソ野郎にも制裁が与えられるだろうし……」


 痛む頭を押さえながらポケットに入れっぱなしだった髪飾りを取り出し、もう一度触れる。


「何も起きない……何だったんだ?今日のは…」


 もう一度触れ直してみるが、やはり何も起きない。今日の急な頭痛が嘘の様に何も起こらず困惑する。

 掌にある髪飾りはまるで輝きを失った宝石の様で、そこらにある無機質で古びたただの髪飾りに見える。


「にしても最後の方にチラッと警察の人の声が聞こえたけど、最近ここらで不審車として通報されてたのがあの車だったとはね……まぁそんな事はいいか、今日はささっと寝て…」


『夜分に失礼する、秀人殿』


「うぉっ!?…びっくりした…シロネさんか……」


 俺が風呂に入ろうと身体を起こすと、窓からスルッと体が縮んだシロネさんが俺の部屋に入ってきた。


『む、驚かせてすまない。しかしどうしても早めに話したかったのでな…』


「あー…そういえば」


 美涼のことで頭いっぱいだったから忘れてたな…


『うむ、ではさっそく本題に入ろう。我の話…それはレムイエル様から秀人殿に与えられた【チカラ】の事だ』


「チカラ…この二つのことか」


『左様、今日は秀人殿に忠告をしに来たのだ』


「忠告…?」


 俺は頭をひねりながらシロネさんの返答を待つ。


『そう忠告だ。しかしまぁ…秀人殿の事は信頼できる性格故、あまりこちらの心配はしていないのだが…もう一つの可能性があるのだ』


「えっと…?」


 シロネさんが何を言っているのか分からず、俺は更に頭を捻る。

 するとシロネさんは俺の顔の位置の高さまで飛んで来て、俺と目を合わせながら話し始める。


『まずはそのチカラの説明しきれていなかった事についてだ、秀人殿に前説明した事は覚えているかな?』


「えぇまぁ…記憶力はいい方ですから」


『ではそのチカラ達の【特性と合わせ技】について更に説明させて貰うが…我もあまり長くここには入れないのでな、先にコレを渡してから説明させて貰う。それは我を呼べる鈴だ、もし何かあればそれで我を呼んでくれて構わない。しかし必ず来れるとは限らないが…』


 そう言って俺に少し大きめの鈴を渡される。…ゲームで言う召喚アイテムみたいなものか……。


「それで特性と合わせ技って…?」


『うむ、まずは特性から説明しよう。秀人殿は今日既に何度か力を使っているな?…それも少し無茶な使い方を…』


「うっ…すみません…あんなに使わないみたいな言い方しておいて…」


『嫌々、その力はもう秀人殿の物だからな。好きに使ってくれて構わないのだが……秀人殿は今日その力を人前で使った様だね?』


 そう言われると…確かに美涼を助ける瞬間なんかは目の前で使ったし、朝も駅のホームで使ったな…


『その力は当たり前だが、人知を超えた代物なのだ。だからこそ多くの人間は目の前で使われても何が起こったか分からずに記憶から消えて行くし、あまり問題はない。…しかしその力の存在を認知していたり理解されていると、力の効力が落ちたり…場合によっては効かない事もある』


「…この力の内容がバレている人の目の前で発動したら、最悪効かないってことですか?」


『その通り、例として今我に対して『時間停止』や『記憶操作』を使おうとしても効果は発揮されない。まぁそれは我が天の使いだったり色々あるが…我が『秀人殿の力のことを知っているから効かない』と言う解釈で構わない』


 なるほど…要は中身を知られていたら効かないって事か…某呪い漫画の術式開示で強くなるのとは反対で、初見殺し技で効果があるって事だな。


「…分かりました。あまり無闇矢鱈に人前では使わない方がいいって事ですね」


『万全を期すならそれが良い。しかしまぁ秀人殿には他には無い二つ目の『記憶操作』があるのでな、あまり心配はいらないかもしれない。では二つ目の【合わせ技】についても話そう』


 そう言うとシロネさんは俺の部屋にあるキッチンに飛んで向かい、塩と胡椒を持って戻って来た。


『この塩を『時間停止』この胡椒を『記憶操作』と見立てて話そう。では秀人殿、この塩は私生活においてどう使うのだ?』


「えっと…料理の味をつける時に使います。簡単な物だと目玉焼きとか」


『では胡椒は?』


「俺は香り付けとか……ラーメンとかにいれて風味を少し変えたりしますね。でも単体で使う機会は少ないなぁ…」


『うむうむそうだろう。塩はそのまま使う事は多いが、胡椒単体で使う機会はあまり無いな?…では塩と胡椒を混ぜるとどうなる?』


「…使い方の幅が広がりますね。料理にも使いやすくなりますし、便利になって…それぞれ単体とはまた違った使い方が出来る気がします」


『うむ大正解だ。つまり我が言いたいのは、秀人殿の中の力も同じことを引き起こしているのだよ』


「同じ…こと?」


 今日のことをもう一度振り返り、心当たりを探す。…もしかして……

 ハッとした俺は掌に乗せていた髪飾りをもう一度見る。


『その顔は心当たりがある様だな?秀人殿に渡した力はそれぞれ別物。しかしその力同士が合わさると起きる現象…それが【時間幻視】…まぁ未来視とも言うが、何かをキッカケに未来が見えると言う現象を引き起こす』


「…確かに今日未来が見えた事がしばしば……ありました。コレに触った時に…」


『過去の数例を見るにキッカケは人それぞれの様だが、秀人殿の場合は『自分の中で関心が高まった相手が大切にしている物に触れる』と起きる様だな…それは良い未来では無い様だが……』


 …確かに今日見た未来は決して良いものとは呼べない…吐き気のする様なものだったな。


『この力はその見えた未来が迫っていればいるほど、激しい頭痛に苛まれる様だ。これからもそう言うことが多いだろうが、秀人殿がその未来を変えたいなら我はそれで良いと思う。だからこそ今後も好きにすると良い、我も手伝いくらいは出来るからな』


 そう言ってシロネさんが羽を広げ、窓の縁に立って出て行こうとする。


『では夜分に失礼した。我はこれにて』


「あっ…ありがとうございます。俺にこんなことを伝える為にわざわざ…」


『…いや貴殿は本当に気にしなくても良い。………我々の立場からしたら当然だからな』


 そう言い、シロネさんが飛ぼうとした瞬間にもう一度振り返り俺に言う。


『…そうそう最後に一つだけ。秀人殿がその力をどう使おうと構わない。しかしあまり無茶な使い方は自分の身に過剰な負荷がかかり、身体を滅ぼす。そしてその行動の果てに何が残っても自分の行いを否定せず、信じてあげると良い。……それだけは覚えておいてくれ』


「は、はぁ…?分かりました…」


『今はピンとこなくても良い。しかし時が来たらこの言葉を思い出してくれ。それと………本当にすまない』


 そう言い残すとシロネさんは夜空へと飛び去って行った。


「…なんかあんまりわかんねぇし頭もいてぇけど、風呂入るか」


 ん〜!と伸びをしてから俺は風呂に入ることにした。



『……秀人殿の性格上、今まで見た者たちの様な力の使い方はしないだろう。そこは間違いない。…しかし彼の性格なら……このままでは後々別の形の破滅が待っているだろう』


 我は天使様の眷属、立場上権力が弱すぎてあの力に直接干渉することは出来ないからな…


『それまでに彼を変える、もしくは繫ぎ止める何かがあれば……彼の様な善人が救われる日も来ると良いが………。ヒーローは他者を助けることは出来ても、自分を救う事は出来ないからな…』


 我は飛びつつ秀人殿の部屋を見ながら、小さくそう呟いた。

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