八話 オアシスの町
……暑いな。
「ねえ、水買ってきてただろ? あれ一つくれよ」
「はい。だけれどスペル、あなたちょっと暑がりすぎじゃない?」
「そりゃ砂漠だからね」
「私は平気だけど?」
「ほぼ半裸みたいなもんだからね」
というか、肌をこれだけ出しながら砂漠を歩いても肌が傷まないんだからやっぱり魔族ってすごい。
「ああ……もうぬるいよ」
「仕方ないでしょ」
僕たちは王都から出て、北に向かっている。あの怪しい雑貨屋の婆さんに言われた、ペンサロンの町を目指しているのだけど、その道中はこの通り砂漠が広がっている。
「でも、全然着かないわね」
「これでも全速力なんだけどな。こんなに遠いとは……」
しかも視界に入ってくるのは砂漠ばかり、もう嫌になってくるな。
「あ! ラクダがいたわ!」
「もう何回目だよ。よく何回も初めて見たみたいな反応できるよな」
「ラクダは何回見てもテンション上がっちゃうわよ!」
チューリピアはタフというのかなんなのか……とにかく無邪気にはしゃいでいる。
彼女はなにも考えていないようだけど、僕はちょっと戸惑っている。僕の魔法をフル出力にしてるのに、まだつかないだなんて……。朝から出発して、もう正午は過ぎている。その間ずっと走り続けているからドンファはとりあえず撒いているとは思うけど。
「スペルだめよ。もっと楽しまないと。こういうのは旅程も大事なんだから。ただ焦って突っ走るのはもったいないわ」
「そうは言ってもこの暑さだ。着く前に僕は干上がってしまうよ」
「え……あなたそんなに暑いの?」
「さっきからそう言ってるじゃないか!」
「ごめんなさい。いや、ね? 私はあんまり暑くないから気づかなかったの」
「暑くないの!? こんな砂漠の真ん中で? もう正午だっていうのに?」
「え、ええ。まあ。魔都の方が暑いわよ?」
「そ、そうなのか……。君らは体が強いらしいな。僕たち人間はこれでも相当な暑さなんだよ」
「じゃあ休みましょう。ほら、あそこに岩があるわ。あの影ならちょっとは涼しいでしょ?」
そんなわけで、僕たちはチューリピアが指さした大岩の裏側に入った。湿気があるわけではないから、陰に入ると途端に涼しくなった。
「後ろから見ているんじゃ分からなかったけど、こうしてみるとスペルだいぶきつそうね」
「全然平気な君の方がおかしいんだよ」
「それなら私に任せてちょうだい?」
「は? なにを……」
チューリピアは僕と向き合って両手を突き出した。すると彼女の両手から若草色の柔らかい光が出た。
「うぉ!」
「安心して。危なくないから」
光は僕を包んでいくと、僕の視界は万華鏡のような光全面になった。
「どう?」
「どうって……あれ? 体が軽くなってきた?」
光にばかり気を取られていたけど、気づけばあれだけしんどかった体はもう楽になっている。だらだらと流れていた汗は止まっているし、全然暑くなくなってしまった。今はむしろ涼しい。
「これは?」
「私の魔力よ。『アプリシエイション』っていうんだけどね。この通り誰かを治療したり疲労を取ったりすることができるのよ」
なんだよそれ……僕なんかよりもよっぽどでたらめな魔力じゃないか!
「医者いらずってこと?」
「いいや、ウイルスとか、菌とか、そういう外の原因から来る病気は治せないから完璧じゃないわ。治せるのはあくまでケガだったり、栄養失調だったり、その程度。その代わり死んでさえいなかったらどんな怪我でも飢餓でもなんとかできる」
とんでもない魔力には変わりないな。ここがやっぱり人間と魔族の種族差なんだろうな。僕は今まで生きてきた中で、こんな魔法を使える人間には会ったことがない。
「ああでも、魔法でどれだけ癒しても、水分はちゃんと摂らなきゃだめよ?」
チューリピアは水の瓶を一本渡してきた。
「ありがとう」
水を一口含むと、あっという間に喉の奥に染みていった。
「うん! もう大丈夫だよ。出発しよう」
馬にも水を飲ませて、準備万端。
「ねえスペル、今度は私が前に乗ってみたいんだけど?」
「え?」
「いいじゃない。後ろに乗ってると前の景色が見えないもの。どのみちあなたの魔力でこの子を動かすんだからなにも問題ないはずよ?」
チューリピアは馬のたてがみを撫でながらそう言う。
「そうだけど……」
「ケチケチ言わないで、ほら!」
チューリピアは勝手に馬の背中に乗った。
「来なさいよ!」
無邪気な笑顔でそう言って手を差し伸べてきたから、僕は仕方なくその手を取って馬にまたがった。
手綱はチューリピアが握っている。
「ちゃんと掴まってなさいよ」
それが問題なんだよ。こんな細い腰に、しかも肌を出している女の子の腰に手を回すのは気が引けてしまう。
「なに? 早くしてよ。あなた振り落とされたいの?」
「けどさ……」
「何? もしかして腰に手を回すことを気にしてるの? あなた、とんでもないことをやらかしておいて案外細かい神経をしてるのね」
「し、仕方ないだろう!」
「まあ、気にしないでいいわよ」
そんなこと言われてもな……。
僕は意を決してチューリピアの腰に手を回した。それから、目的地に着くまでの間、僕の頭の中は彼女のいい匂いと腰回りの感触で埋め尽くされて、他のことを考えられなかった。
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