七話 そして旅路へと

 チューリピアは、自分の恰好を気にせずに僕を強引に店の外に引っ張っていく。


「お待ちください姫さま!」


「それで待つと本気で思ってるの?」


 そのままほぼ半裸の状態で外に出ていくのか! でも彼女は有無を言わさずぐんぐん僕の手を引いていく。


「あんたたち!」


 老婆が僕たちを後ろから呼び止めた。


「え?」


 振り返ると、老婆はぼくたちに向けて何かを放り投げてきた。思わずそれを受け取ると、手のひらのそれは金貨が何枚か。


「今日分の給料だよ。まったく、一日で仕事を辞めちまうやつなんざ初めてだよ。じゃが何やら訳アリってみたいだからね。どこにでも行っちまいな」


 ……気難しい人だと思っていたけど、粋なお婆さんじゃないか。


「ありがとう、人間のお婆さん。またいつか会いましょう」


 チューリピアは急ぎつつも丁寧に扉を開けて、外に出た。



 ちょっと行ってから、チューリピアはようやく落ち着いてきたらしく、そこで自分の恰好に気がついた。


「……ちょ! スペル! 服は!」


「君が勝手に脱いだんじゃないか!」


「元の服は?」


「置いてきただろう? 取りに帰ることもできないだろうし」


 チューリピアの顔はどんどん赤くなっていく。


「とりあえず……どこかに入ろうか」


 



 そんなわけで、僕と彼女は二人で路地裏に駆け込んだ。ドンファから逃げるためというのもある。人はほとんどいない。暗い路地だから僕からもチューリピアの体は見えないので、ちょっと残念かもしれないけど、ホッとしている。


「服をどうにかしないとね。僕が買ってこようか」


「あなたのセンスに任せるのはちょっと心配だわ」


「そりゃ失礼だな」


「だって、あなた女ものの服とか知らないでしょ?」



 やんや言ううちに、裏の通りに出てきた。路地裏よりは明るいその道には、やっぱり人はあまりいないのだけれど、その代わり猫やらコウモリやらが所々にいる。


「なんか、変なとこに出ちゃったわね。人間さんの国なのに、魔都みたいね」


「でも人はいないよ」


 まあ、僕はまたチューリピアの姿が見えるようになってしまったのだけど。目のやり場に困るな……。


 にしても、こんな裏通り、僕も来たことがないな。王都にもこんなところがあっただなんて。


 道の脇には、ボロ屋が立ち並んでいたけど、その中に一軒、いかにもな雰囲気を醸し出している怪しげな店が一軒、見たことのない蛇のようなひん曲がった字体で書かれた看板を出していた。


「ここは?」


「一応、雑貨屋みたいだけど、かなり怪しいよね」


「……じゃあ服もあるかもしれないよね」


「は?」


「入ってみましょう。何か着るものが欲しいもの」


「ちょいちょい。こういうお店にはロクなものがないっていうのが相場だよ」


「いいのよ、とにかく入るわ」


 チューリピアは勝手に一人で中に入って行ってしまった。仕方がないから、僕は窓から店の中を覗いてみた。店の中には、意外にも人畜無害な顔の老婆が一人いるだけ。これなら大丈夫か……。


 でもまあ、そもそもこんな店にいい感じの服なんてのは無いだろう。他のところで見つけないとな……。


 なんてことを考えていた時だった。突然店の扉が勢いよく開いてチューリピアが飛び出してきた。下着だけではなかった……のだけど


「なんだその服!!」


「これ! お店にあったのよ! 私これがいいわ。さっきもらったお給料で買って!」


「だけど、それさ」


「? 何かおかしいかしら?」


 彼女が着て出てきたのは、いわゆる踊り子の衣装だった。その界隈ではまだ軽い装飾なのだけど、とにかく露出が激しい。こんな服、さっきの恰好と大して変わらないじゃないか。


 水着、というのが一番近いかもしれない。ビキニタイプで、青の布地に紫のレースフリルがついている。それと群青色の腰巻きには金の刺繍があしらわれていた。


「本当にこれでいいの?」


 僕としてはずっと目のやり場に困ってしまうのだからやめてほしい。


「気に入ったわ!」


「寒くないの?」


「魔法でどうにでもできるわ」


「え、そうなの?」


 それは結構便利だな。冬になったときには頼ろうかな。


「私、とにかくこれにするから」


 彼女がそう言って引かないので、仕方なく僕は勘定のために店の中に入った。


「すいません、これをお願いします」


 老婆は眼鏡をかけると黙って服を受け取った。


「ええと……五千シードだね」


「へえ、思ったより安いんだな」


「スペル、手持ちで足りるの?」


「五千シードって言ったら、金貨一枚ぶんだよ。服を買うにしては安いんだよな」


 すると聞いていた老婆が口を開いた。


「その服は、結構前にそこのお嬢さんよりも少し歳が上のお嬢さんが売っていったんだよ。状態はその通り全然悪くないんだけどね、中古ってことには変わらないからその値段になったのさ」


「へえ、じゃあ儲けものね!」


 チューリピアはすっかり上機嫌になった。金貨を一枚払うと、老婆は話しかけてきた。


「ところで、その風体からして、あんたがたは旅人かい?」


「ええ、そうです。色々あってここに来たんですけど」


「でももういられなさそうよね」


「ほお、何やら訳ありで」


「ええ、すぐにでも出て行かなきゃいけなさそうですよ」


「どこに行くか全く決めてないんですけどねー」


 チューリピアは自嘲気味に笑った。


「ああそれなら」


 老婆はムクっと腰を立てた。


「ペンサロンに行ってみたらどうかの? ここから北西の町だよ」

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