六話 過保護な家には戻りません!

 ドンファは意外にも静かに店のカウンターまでやってきて、チューリピアの目の前の席に座った。


「姫さま、ようやく会えましたな」


「よくこんなところまで追ってきたわね」


 いきなり暴れてチューリピアを連れて行こうとすると思ったのに、これは一体どういうことだ? 帽子を被ったり、コートを着たりして、低レベルではあるけど人間に変装しているし。


「当たり前ですよ。我らの大切な姫なんですから。それに、父上も心配しておられますよ」


「そんなわけないでしょ? お父さまが私なんかを気にかけてるわけないでしょ。あなただって、きっと魔族の体裁のために私を連れ戻すように遣わされたのよ」


「そんなことをおっしゃらないでください」


「まあ、いいわ。店に来たからには、何か注文して」


「……働いておられるのですか? 姫さまが?」


「そうよ? 何か悪い?」


「いえ、そういうことでは。しかしながら、魔族の姫たるあなたが人間などに従属して働くなど……」


「私が望んだことよ。ほら、早く注文しなさい、さもなくば帰るのよ」


「……じゃあ、カルーアミルクを一つ」


 注文可愛いなおい。そんな見た目でカルーアなのかよ!


 僕は奥でカルーアを作って、カウンターまで持ってきた。ドンファは僕の顔を見ると、あからさまに嫌な顔をした。僕のことは嫌いらしい。まあ当たり前だが。


「貴様、よくもまあ平気でここに現れたものだな」


「は、はぁ……カルーアミルクです」


 彼はまだまだ僕に言いたいことがあったみたいだけど、僕はそそくさと奥に戻った。


 それでも気になってカウンターの方を覗くと、ドンファはカルーアのグラス片手にチューリピアに話しかけていた。


「それで、先ほどの話の続きですが、姫さまはそもそもどうして都を飛び出すなんてことをなさったのですか?」


「……あのねえ、そんなことも分からないからこんなことになっているんでしょう、ドンファ?」


「そうはおっしゃいましても、おそれながら我々には自分の落ち度がわかっていないのです。我々がなにか姫さまのご機嫌を損ねるようなことをしましたでしょうか?」


「してないわね。これといったことは」


「そうでしょう? 我々は誠心誠意、陛下はじめ姫さま方に仕えております。いついかなるときもあなたの望むようにしております。それなのになぜ!」


「それなのよ! それ! あなたたち、過保護すぎるのよ!」


「は、はぁ……」


 あれ? どういうことだ?


「あなたたち、私の世話だって言いながらどこまでもついてくるじゃない! 公務はまだいいわ。仕事だもの。だけどどうして休日についてくるの? 友達と静かなピクニックをするつもりなのにいつも大所帯になっちゃうのは誰のせい?」


「それは! 姫さまのことが心配で!」


「それが余計なお世話だって言ってるのよ! 学校に通うときだってそうよ! どうして私だけ毎日授業参観になってるのよ!」


 魔都って学校あるのか……。


「なんということをおっしゃるのです! それはお父上があなたのご様子をお知りになりたいということなので我々が学校まで参ってるのですよ!」


「父も父よ! あの人、いつになったら子離れできるのかしら?」


「それは……当分先ですな」


「はぁ……」


 なんか、思ってた事情とだいぶ違ったな。初対面のチューリピアがボロボロだったし、彼女が相当深刻な表情をしていたから、もっと複雑な家庭環境なのかと勝手に思い込んでたけど、これはちょっと違うみたい。


 言ってしまえば、ただの親バカの父親と過保護な家来から逃げてきた、ということだ。


「では、あなたは帰らないとおっしゃるのですか?」


「帰ればみんな元通りでしょう?」


「ええそうですとも。また幸せな日常に戻ります!」


「それがいやだから出てきたってことが分からないのかしら? 父さまもあなたたちも、娘のことになると途端にアホになるのはどうしてなの?」


「姫さま! いくらあなたといえども、言っていいことと悪いことがありますぞ!」


「だってそうじゃない! あなたたちは全く学ばない。シンビー姉が出て行ったときも同じ感じだったじゃない!」


「それは……」


「違うとは言わせないわよ! 姉さんだって全く同じ理由で飛び出して行ったことに気づかないあなたたちはまた同じ過ちを繰り返したのよ。そしてやっぱり反省していない。あなたたちはね、窮屈なのよ!」


 チューリピア、お姉さんがいたのか。しかも同じく家出している。よっぽどの過保護なんだな。


「分かりました。そこは我々が悪かったと認めましょう」


「そう。なら大人しく帰っ……」


「しかしです!」


「ええ!」


 ドンファが突然大きな声を出したから、店内の全員が彼を見た。


「よしんば我々が気に入らなかったとしても、姫さまにはその立場としての責務がございます。それを放棄して逃げるなんてことは許されません!」


「あなた、それは……」


「それこそ言い訳ができませんぞ」


「あなた……自分たちは何も直さないくせに! もういいわ!」


「な、なにをなさるつもりで!」


「店長さん、短い間でしたけどお世話になりました! 突然出ていくことをお許しください!」


 そう言って、チューリピアはその場で店用のドレスを脱ぎ捨てた! おかげでまた店内は騒然とした。


 一方チューリピアはそんなことを意に介さず、僕のところに来ると、乱暴に手を取った。


「行くわよ!」

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