五話 就職してみます!

 ここでよもや金欠に陥ってしまうとは……。


「ちょっと! そんなにお金ないの?」


「仕方ない、全部ほったらかしにして出てきちゃったわけだし」


「でもこれからどうしていくの? 人間さんの世界ってお金がなかったらどうすることもできないんでしょう?」


「おお、よく知ってるね」


「そのくらい知ってるわよ! もう! あなた、魔族の私よりもお金の管理が適当なんじゃないの?」


 実際かなりの大問題な気がする。このままだと、野宿することになってしまいそうだ。僕はまだいいが、このチューリピアを外で寝かせるわけにはいかない。また罪状が一つ追加されてしまう。今更罪なんて気にしてはいないけれど。


 しかしやっぱり姫に野宿させるわけにはいかないから、なんとかしてお金を稼がないと……。


「ここは王都だよ。お金くらいすぐに稼げるさ」


「楽観的ねあなた。本当に稼げるの?」


「うーん、分からないな……。僕も王都で働いたことないから」


「あなた、本当に無計画なのね……」


 仕方がない。そこらへんで雇ってくれる場所を探すしかない。


 この王都には、ワーカーズパークなるものがあって、労働者や仕事を探している人たちの寄り合い所になっている。そして僕たちの目的はこの掲示板だ。


「へえ、いっぱいあるのね」


 ここにある掲示板には、この王都中のいろいろな求人が載っている。大工やら警備員やらの肉体労働から、銀行員や事務のようなデスクワークまでさまざま。その中から、人々は自分に合った仕事を探していくのである。


 でも、今の僕たちに合った仕事ってなんだろう? 浮浪者二人、しかも片方は魔族だ。こんな身分の僕たちを雇ってくれるところなんて、果たしてあるのかな?


「ねえ、これとかいいんじゃないの?」


「え……これは」


 チューリピアが持ってきたのは、飲食店の求人だった。飲食店なら、確かに何の資格もいらないし、比較的始めやすい方なのかもしれない。普通の飲食店なら……


「これ、スナックだけど?」


「スナック?」


「そう、夜にやってる酒場みたいなものだと思ってくれたらいいかな。あまり初心者向けとは言えないな」


「でも、ここなんだか楽しそう!」


「楽しそうだなんて、広告だけじゃ分からないだろ?」


「私の直感がそう言ってるの!」


「君は人間と酒を飲みながら話すことができるのかい? そもそも酒が飲めるような歳には見えないし」


「大丈夫よ、魔族はみんなお酒強いの。私だって魔都にいたときには結構飲んでたしね」


 結局、彼女に押し切られるかたちで、僕たちはその求人に応募した。


 求人に書いてあるところに行くと、その店があった。少し古いレンガの建物に、点いていない照明がぶら下がっている。まだ夕暮れ前だから、店は営業していない。


 ちょっと緊張しながら、ドアを押して開けると、中には白髪を伸ばした老婆がいた。


「まだ開いてないよ」


「ああ、いえ。この求人を見て来たのですが……」


「おやおや、そういうことね……確かに後ろのお嬢さんは別嬪ね。採用よ」


「え!」


「だから採用よ。今夜から入れるかしら?」


「そんなあっさり!」


「あとあなたも今日から入ってちょうだい。男手も貴重だからね」


 ……こんなにあっさりと決まってしまうとは。しかも今夜から早速仕事だ。しかしいまは渡りに船。すぐに仕事が見つかるのはこの上ない幸運だ。




 日は沈み、夜が来た。いよいよ僕たちの初勤務が始まる!


「……ねえスペル? この格好ってどういうことなの?」


 チューリピアは、店から支給されたドレスを着ていた。


「え……似合ってると思うよ?」


 赤いドレスは、ちょっと派手すぎるデザインだったけど、チューリピアは着こなしていた。


 同僚はちらほらいた。けれど……どういうことかみんな女の子だった。


「思ってたスナックとはちょっと違ったな」


「でもせっかくの仕事よ? 頑張らなくちゃ」


 ちょっと恥ずかしそうにしながらも、チューリピアはやる気のようだ。


 スナックというよりかは、ガールズバーの方が近いか? カウンターに立っているのはみんな女の子だ。


 チューリピアは先輩店員に教えてもらいながらお酒を作っていた。僕はといえば、店の後ろの方で雑務をしている。こっちは特になんの訓練もいらないから、ぜんぜん問題なくやれている。


 すこしすると、チューリピアも客と話しはじめている。とても楽しそうに客と話しているのを見ると、魔族のコミュ力に感心してしまう。


 一段落すると、彼女は僕のところに来た。


「いやあ、人間さんとお話するのってやっぱりいいものね」


「そうだね、随分と楽しそうだった」


「え? もしかして放っとかれて妬いちゃったの、スペル?」


「そんなんじゃないよ」


「大丈夫だって。結局こうしてあなたのそばに戻ってくるしかないのよ、私は」


 チューリピアは笑ってまたカウンターに戻っていった。なんだか、心を見透かされたようで恥ずかしくなった。僕は思う以上に寂しがり屋なのかもしれない。近くの人が遠くに行ってしまうのが、怖くなってしまう。





 そのうち、また客が来た……いや違う!


「ここにおられましたか!」


 さっきの魔族、ドンファだ! もうここまで追ってきたのか!

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