下町の聖母殺人事件
第23話 下町へGO!
ユージィンとコーリー、新たに二人の仲間を迎えたメメーリヤ分院では、相変わらず多忙で怠惰な日々が続いていた。
なぜ相反する状況が混在するかというと、そう頻繁に遺体の解剖が行われるはずもなく、法医術院としての機能は依然停滞したまま。
しかしだからこそ今、できることがある。
それは以前マリアージュ自身も積極的に行っていた、異世界でのデータ収集、および蓄積である。
「マリアージュ様、例の指紋の分析、何とかなりそうです」
「まぁ、相変わらず仕事が早いわね、ユージィン」
「部下に連日残業を強いておいて、自分は優雅にお茶の時間ですか」
ある日の午後、メメーリヤ分院魔道解析士のユージィンは、新たな報告書を手に上司であるマリアージュの執務室を訪れた。
ファムファロスの黒ローブから医術院の白衣に着替えたユージィンは、今日も見事な美少年ぶりである。
ちなみにできるだけ働きたくないマリアージュは、面倒事は大概ユージィンに押し付けていた。
「あなたの給料を払っているのは誰だったかしら、ユージィン?」
「国家ですね。一応俺の身分はあなたと同じ公務員ですから」
「………チッ」
しかしユージィンはユージィンで遠慮もクソもない。公爵令嬢相手でも言いたいことは、はっきり言う。面と向かって部下からサボってることを指摘されたマリアージュは、盛大に舌打ちした。
「でもマリアージュ様が提唱した指紋による個別識別は画期的だと思います。指先の皮膚紋様は体が成長しても自然変化することなく、また誰一人として同じものがないのだとしたなら、個人の特定は容易になる」
「でしょう、でしょう。もっとわたくしを褒めていいのよ」
別に自分の手柄でもないのに、マリアージュは鼻高々だった。
実際、ユージィンは魔道士として超優秀で、マリアージュから指紋の仕組みを聞いただけでその採取や分析の術式を組んでしまった。
これでようやく科学捜査の第一歩が踏み出せたことになる。
そこに今度は大きな医療バックを抱えたエフィムが、よたよたした足取りで入ってきた。
「今戻ったぞい、はぁはぁ。とりあえず医術院に勤務する医術士全員の血液サンプルを採ってきた。これを今から研究するんじゃったな?」
「お疲れ様、エフィム。全員の採血は大変だったでしょう?」
「そう思うなら手伝ってくれてもよかろうに。老人をこき使うと後でひどい目に遭うぞい」
エフィムは首をコキコキ鳴らしながら、いつもの愛嬌たっぷりの笑顔を見せた。
この世界に注射器や点滴などの医療器具が存在したのは僥倖である。
まさにガバガバなゲーム設定、万歳だ。
「で、血液からわかるのはなんじゃったかのう? あーるえいち何とかとか、でぃえぬえー何とかとか……」
「主に血液型とDNA鑑定ですわね。この鑑定が確立されれば、どんな犯人も言い逃れはできませんわ」
マリアージュは前もって、血液型の仕組みやDNAについてエフィム達に説明していた。それを聞いたエフィムの感想はスバリ「恐ろしい」――である。
「血液や唾液、髪の毛から遺伝子とやらを抽出できれば、世界の常識がひっくり返るわい。特に貴族の奥方の何人かは震え上がるじゃろうて」
「そうですわね。自分の産んだ子が本当に夫の子であるかどうか、DNA鑑定で白黒はっきりついてしまうんですもの」
マリアージュは悪いことを思いついたという風に、ニタリと笑った。
貴族間では相続での揉め事も多いから、いざという時にDNA鑑定が決定打になることもあるだろう。
そのためには是が非でもユージィンに頑張ってもらいたいところだが。
「あのさぁ、簡単そうに言うけど、人の遺伝子とやらを抽出して分析するなんて、一朝一夕で出来るわけないじゃん。アーティファクトが手元にあるわけでもないんだし」
「アーティファクト?」
「超古代文明の遺物のこと。最上位の術式を組む時にあると便利なんだよ」
さすがのユージィンも、DNA鑑定魔法の研究には苦労しているらしかった。
マリアージュはマリアージュで、昔プレイしたRPGでそんな単語が出てきたのを思い出す。
(確かファンタジーの世界でアーティファクトっていうと、謎の石板だったり、古代文明の機械の残骸とかだったりしたわね? うーん、つまり某猫型ロボットの二次元ポケット並みに便利なアイテムって認識でいいかしらね……)
大雑把すぎる考え方だが、意味としては大体合っている。
「じゃあそのアーティファクトやらを用意すればいいわけ?」
「簡単に言ってくれるね。今ヴァイカス王国で発見され保存されているアーティファクトはどれも国宝級で、さすがの公爵家でも簡単には手に入れられないと思うよ」
「そうじゃなぁ。それこそルーク殿下にお願いでもしないと、無理じゃろうなぁ」
「うげっ、だからなんで毎回あいつの名前が出てくるのよ……」
ルークの名前を耳にした途端、マリアージュはまたまた不機嫌になった。
彼の顔を思い出すたびに、胸の奥がきゅっと苦しくなったり、モヤモヤしたりする。その面影を無理やり振り払うために、ぶんぶんと大きく
「まぁ、そんなに大変なら結果は急がないわ。ユージィンのペースでDNA鑑定の研究を進めてちょうだい。指紋が鑑定できるようになっただけでも大進歩よ」
「もちろん俺の努力に対して特別手当は出るんだよね?」
「はいはい」
相変わらずの守銭奴ぶりを発揮するユージィンに、マリアージュは適当に相槌を打った。
すると今度はそこに、エフィム以上によれよれになったコーリーが、膨大な量の報告書を持ってやってくる。
「マ、マリアージュ様~、言われていた分析、1/10ほど終わりましたぁ~……」
「あら、ご苦労様」
「あれ? マリアージュ様が一人……二人……。いや、三人に見えるぅ~……」
――バタリ!
そのまま、盛大に床に倒れ込むコーリー。
ユージィンが慌ててそばに駆け寄ると、コーリーは悪夢に魘されていた。
「うぅん……。トロギアキノコにトリフィドの球根、ああ、ロートスの葉を燃やした時に発生する煙を吸ってはいけませんんんんん……ううぅ~~……」
「一体どうしたんだ、こいつ?」
コーリーとは別々の部屋で仕事していたユージィンは、なぜ彼女がこんなにくたびれているのかわからなかった。コーリーを近くのソファに運びながら、視線で問う。
「マリアージュ様?」
「ああ、コーリーには世界各地から取り寄せた毒のデータベース化を頼んでいたの。フムフム、でもこれじゃまだまだ全然足りないわねぇ……」
広○苑ほど分厚い報告書の山をぱらぱらとめくりながら、非情な独り言をこぼすマリアージュ。
ユージィンと違って低級魔法しか使えないコーリーにできることと言えば、とにかく数多くの分析をこなすことしかない。
そのため頑張り屋のコーリーはマリアージュに命令されるがまま、大量の毒の分析をぶっ続けで行っていたのだ。
その期間、およそ10日。
ぶっ倒れるのも道理である。
「……いくらなんでも容赦なさすぎじゃない?」
「何よ、人をそんなブラック企業の親玉みたいに責め立てないで下さる!?」
ユージィンに冷たい視線を向けられ、さすがのマリアージュも「ちょっと働かせすぎちゃったかな、テヘペロ☆」と反省した。そこで勤勉な部下に、特別なご褒美を出すことにする。
「わかった、わかった。じゃあ今週の土日、二人には休暇を出すから、ゆっくりしてらっしゃい」
「二日だけかよ!」
「休暇! 久しぶりの休暇!!」
ユージィンは不満げに抗議するが、ゾンビ状態だったコーリーのほうは『休暇』の二文字に反応し、勢いよく息を吹き返す。
「ありがとうございます! これでパーム祭に行けます!」
「パーム祭?」
「私達の下町で春に行われるお祭りのことです!」
コーリー曰く、彼女達が育った下町・パーム区で、今週末に大規模な祭りが開催されるということだ。
パーム祭は、庶民にとって一年に一度の楽しみ。この日ばかりは多くの人が露天に集まり、広場でダンスを踊り、一日中バカ騒ぎする。日本で言うところのねぶた祭りや京都の祇園祭のような――要するに誰もが待ち焦がれる一大イベントなのだ。
「え、何それ、楽しそう……」
ちなみに元庶民でもあるマリアージュは、コーリーの話に興味をそそられた。
キラキラと輝きだしたマリアージュの瞳を見て、ユージィンは若干引き気味になる。
「おい、まさかマリアージュ様まで行くなんて言い出さない……です、よ、ね?」
「勘がいいわね、ユージィン!」
マリアージュはソファから立ち上がると、ビシッと人差し指を前に差し出した。
祭りと聞いたら血沸き肉躍るのは前世日本人だった
俄かに頬を紅潮させ、テンションはいつの間にかMAXである。
「行くわよ、下町! 私も年に一度の祭りを楽しみますわぁぁぁーーー!」
「なるほど、つまりお忍びですね! 当日は私がご案内させて頂きます!」
「ええええぇぇぇ………」
祭りと聞いて意気投合する女二人を前に、早くも嫌な予感しかしないユージィン。
そんな彼を慰めるように、エフィムが苦笑しながら「諦めたほうがよさそうじゃ……」とポンポンと肩を二度叩いた。
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