炎の魔道士焼死事件
第11話 求む! 魔道士スタッフ
――紅蓮の炎よ、舞え。
我が敵を焼き尽くせ。
神より賜りし力、虚ろの刃となりて
今、悪しき者に滅びの道を与えん――
× × ×
「あらあらあらあらあら、王立魔法学園とはこんなに広くて、立派でしたのねぇ。さすが国家予算を注ぎ込んでいるだけはありますわ!」
「マリアージュ。ウロウロするのはそれくらいで。ホレ、見学の許可が出たぞい」
この日、見事な金獅子の彫刻が飾られたエントランスで、マリアージュはお上りさんのようにきょろきょろ辺りを見回していた。
ここは王立魔法学園ファムファロス。ヴァイカス王国の首都に設立された魔法学校の中でも、多くの貴族子女が通う指折りの名門校。一年後、『CODE:アイリス』のヒロイン・アイリスが入学するのも、このファムファロスである。
「手続きありがとう、エフィム。それでこれからどうすればいいんですの?」
「どうやら学園側が案内人をつけてくれるようじゃ。暫しここで待とうかの」」
エントランスに備え付けられたソファに、二人はちょこんと並んで座る。
マリアージュとエフィム。
メメーリヤ分院の同僚となった二人は、お互いの身分や前歴は気にせず、対等の立場でいることで合意した。よって名前も敬称以下略である。
傍から見ればわがままお嬢様とそれに付き従う執事だが、案外二人の関係はうまくいっている。
「生徒の姿もちらほらと見えますわね……」
「来週には卒業式が控えておるからのう。その準備に大忙しじゃろうて」
ファムファロスの学生は皆、某ファンタジー魔法学校のような黒いローブに身を包んでいた。魔法を使える者自体が希少であることは既出だが、こうして一か所に揃うとそれはそれで壮観である。
「これだけ学生がいれば、一人くらいはうちの分院にスカウトできるのではなくて?」
「そうじゃなぁ。そうだといいんじゃが……」
「いざって時は私財を投じて、高給を餌に釣ればよろしいわ。私達には優秀な魔道士がどうしても必要なんですもの!」
マリアージュは両手に力を籠めて力説する。
二人が畑違いのファムファロスを訪れたのには、実は大きな理由があった。
× × ×
エフィムが正式にメメーリヤ分院の職員となってより数日後。
マリアージュ達はいかにしてこの分院を稼働させていくかを話し合った。
法医学――もとい法医術に対する世間の認知度は0だ。むしろ気味悪がられている分、マイナスと言っていい。
このマイナス状態から法医術を広め、推し進めていくには――やはり魔法解析できるスタッフが必須となるだろう。
現代文明の利器が存在しない以上、『魔法』というチートスキルに頼るしかないのだから。
しかし――
「何と言っても魔道士自体が希少じゃからのぅ。多くの者が魔道院への進学や魔道士団への入団を希望する中、果たして変わり種のメメーリヤ分院を選んでくれる者がいるかどうか……」
「むむむ……」
エフィムの言葉に、マリアージュは低く唸った。
あの王宮舞踏会殺人事件以降、マリアージュは魔法の有用性を痛感していた。
ルークが使って見せた【記録】と【解析】の魔法。最低でもこの二つは必須だろう。それにできれば魔法について詳しい、スペシャリストも欲しい。
なぜなら魔法が関わった犯罪が起きた時、今のマリアージュ一人の知識だけでは対応できかねるからだ。
前回ローザ=サスキアが殺された事件を例にとる。あれは魔法が使えぬ騎士が、突発的に犯した殺人だった。
だがもし犯人が魔法を使える魔道士だったとしたら?
未知の魔法をトリックに利用されでもしたら、マリアージュにそれを見破れるだろうか?
答えはおそらくノーだ。
そう即答できてしまうほど、マリアージュの魔法への理解度は浅い。
また回復魔法を扱う治癒士が共犯で、遺体を復元されていた場合はどうだ?
この場合も、死因や凶器の特定などが難しくなるだろう。
回復魔法とは実に厄介だ。
遺体に残された痕跡を、『治癒』の名の下に掻き消されてしまう。
こうなったら完全にお手上げだ。
死者の声を聞くことなど、到底できなくなってしまう。
「だからこそ、魔法を解析できるようなスタッフも欲しいのよねぇ……」
マリアージュは頬杖を突きながら、執務机を人差し指でトントンと叩く。
薬物分析や目に見えないレベルの残留物を検出できる解析魔法は言わずもがな。しかし魔法そのものを分析できる手段も必要となると、さらにハードルは上がってしまう。
なぜなら魔道士の中にも高位魔法を扱える上級者と、下位の魔法しか使えない下級者がいるからだ。下級者は高位魔法の術式に対応しきれない。つまり今回の募集人員は、そこそこ魔力の強い――才能ある魔道士が理想的なのだ。
「いっそのこと、ルーク殿下のお力を借りられれば百人力なんですがのう。あの方は魔道士の最高位についておられますし……」
「は? 殿下!? ダメよ、ダメダメ! 事件が起きるたびにあいつに借りを作るなんて冗談じゃありませんわ!」
マリアージュはこめかみに青筋を立て、エフィムの提案を即却下した。
王太子を『あいつ』呼ばわりはさておき、ルークがこの国で一番優秀な魔道士であることはマリアージュだって知っている。それがチートキャラと呼ばれる由縁なのだから。
しかし現実問題として、事件が起きる度に王太子を使いっ走りに出来るはずもなく、もし出来たとしても全力で断る。
ルークに近づくこと自体が、マリアージュにとっては破滅フラグを立てることにに他ならないし、何よりルークに頭を下げること自体が屈辱だ。
ならば、自前で何とか魔道士を調達するしかない。
ゆえにマリアージュが直々に、ファムファロスまで足を運ぶことになったのである――
× × ×
「な、長らくお待たせしてすいません! 王立医術院からいらっしゃった方々ですよね!?」
マリアージュ達がエントランスに通されてから約30分後。
いい加減待ちくたびれていたところに、ある一人の少女が慌てて駆け寄ってきた。
黒いローブに黒いネクタイ。赤毛のみつあみと丸眼鏡が特徴的な、地味目の女学生。
――うん、見るからにモブ。
明らかなモブ。
内心失礼なことを思いながらも、マリアージュは優雅な微笑を浮かべた。
「いえ、こちらこそお忙しいところ、わざわざ手を煩わせてしまって申し訳ないわ。マリアージュ=ドミストリよ」
「エフィム=アーメントじゃ」
「は、初めまして! 私はコーリー=ルーと申します! 本日お二方の案内を申し付かりました!」
コーリーと名乗った女学生は、額に大量の汗をかきながら、ひたすら平身低頭している。生真面目な学生かと思いきや、
「学生課からは適当な場所を連れて回れと……。いえいえっ、お二方が見学を希望する場所には、くれぐれも丁重にご案内しろと言われております。本日はよろしくお願い致しますっっ!」
「………………」
「………………」
コーリーはうっかり口を滑らせる、いかにもドジっ子な少女だった。
どうやらこんな所まで『変人公爵令嬢』の噂は届いているようで、学園側がマリアージュの訪問を歓迎していないことは明白である。
「………そう、そうなのね。こちらこそ、今日はよろしくお願い致しますわ」
それでもめげてなんかいられない。
なんとしてでも優秀な人材を確保してやる……!
ぞんざいに扱われれば扱われるほど、逆に闘志を燃やすマリアージュだった。
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