第8話 浮気がバレた
「中途採用の人の交通費、チェック終わったから、次の給料日から反映させて」
白井さんが交通費申請書の書類をデスク越しに渡してきた。酔った彼女に押し倒されて、一緒に寝てしまったあの日から3か月ほど経つ。とくに彼女面することもなく。会社では今までどおり感じのままだ。
「あさひ、今夜どう?ウチくる?」
伝票の入った段ボールを資料室に運んでいるときに、周りに誰もいないのを確認した課長が誘ってきた。
「すみません、今日はちょっと・・・。明日じゃダメですか?」
「いいけど、最近予定があるのが多いね」
「すみません、荷物が届くんで」
とっさに思い付いた嘘を言った。それを信じてくれたのか、課長はそれ以上追及はしてこなかった。資料室に段ボールを置くと、課長はお尻をさっとひと撫でして、先にデスクへと戻っていった。
残業があるという課長を会社に残して、先に仕事を終え家に戻った後、30分ほどして玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、スーパーの買い物袋を持った白井さんが立っていた。
「お待たせ。今日はちょっと暑いから、冷しゃぶなんかどうかな?嫌なら、生姜焼きにするけど」
「いいね。冷しゃぶにしよ」
あれから月に2~3回ほど、金曜日の夜に彼女はやってくるようになった。課長に見つからないように外で会うのは控えて時間差で会社を出た後、彼女が近所のスーパーで買い物して、二人で夕ご飯を食べて泊まっていくのが恒例となってしまった。
「いただきます」
彼女が作ってくれた冷しゃぶを頂く。手作りしたゴマダレが美味しい。
「朝日、髪伸びたね。それウィッグつけてないんでしょ」
隣に座っている白井さんが、髪の毛を撫でながら言った。
「そうだね。日曜、美容室予約してるからそこで切ってもらおうかなと思ってる。ちょうど暑くなってきたから、間に合ってよかった」
「どんどん女の子っぽくなっていくね。仕草なんかもすごくきれいだし、私よりも女の子っぽい」
「課長に教えてもらっているのもあるし、課長の仕草を見て真似してるのもある」
「ふ~ん、私も見習わないとね」
白井さんはそう言いながら缶ビールを一気飲み干したあと、げっぷをした。
ご飯も食べ終わり一息ついていると、唐突に白井さんがスカートの中に手を入れてきた。
「キャ!」
「悲鳴も女の子みたいなんだね。かわいい。でも、女の子にこんなもの付いてないよね」
白井さんは股間にあるものをさすりながら言った後、唇を重ねてきた。抵抗することなく、彼女に体を預けた。
◇ ◇ ◇
「今日はどうするの?」
「このあと、課長とデート」
「課長と私、どっちが好きなの?」
翌朝、遅めの朝食を食べながら白井さんが聞いてきた。どっちがと言われれば、もちろん課長だが、白井さんを目の前にして言うのも憚られる。
「冗談だから、そんなに悩まなくていいよ。いいよ、私も次の彼氏が見つかるまでの遊びのつもりだから、気にしなくていいよ」
そう言った彼女の目は少し寂し気だった。最初にきっぱりと断るべきだったと今更ながら後悔した。
◇ ◇ ◇
課長とは昼過ぎからデートした。街中をウィンドショッピングしてまわり、カフェにはいって休憩して、化粧品の新作をチェックした。
「お肉とか冷蔵庫に入れるから、袋ちょうだい」
夕食用の食材の入ったスーパーの袋を課長に渡した。
「じゃ、私着替えてくるね」
そういうと、クローゼットがある寝室へと向かった。今日はいてきたプリーツスカートを脱いで、クローゼットから取り出したピンクのミニスカートに着替えた。
着替え終わりリビングに戻ると、冷蔵庫にしまい終えた課長が振り向いてみてくれた。
「ミニスカートとハイソックスの組み合わせは、やっぱり最高だね。今度、それで外出てみようよ。なんなら会社にもそれで」
「やだ、恥ずかしい。おうちの中だけだよ」
「恥ずかしがってモジモジしているあさひ、好きなんだけどな。まっ、私だけが見れる特別なあさひってことで、良しにしておくか」
言い終わると課長は抱きついて、左手でお尻を撫でながらキスを迫ってきた。課長が「ミニも履いてみたら」といって、自分が若いころに着ていたというミニスカートを譲ってくれた。でも、ミニスカートで外出すると注目を浴びて女装がバレそうなので、課長の家だけで着ることにしている。
◇ ◇ ◇
帰宅後の一戦が終わったところで、夕ご飯の餃子づくりへと取り掛かった。課長と一緒にタネを餃子の皮に包んでいく。
「ところで、あさひ、あなた浮気してるでしょ。白井さんと」
餃子づくりの手を止めることなく、課長が言った。驚いて、餃子づくりの手が止まってしまった。
「昨日、あさひの家で夕ご飯作ってもいいなと思って、残業終わってあさひの家に向かっていたら、白井さんが嬉しそうにスーパーの袋抱えて、あさひのマンションに入っていくのが見えたの。あさひのマンションに偶然白井さんの彼氏がいる可能性もあったけど、その反応見るとその可能性はなさそうね」
どう言い訳したらいいか分からず、沈黙がつづいた。
「責めているわけじゃないから、そんなに心配な顔しないで。あさひも若いんだから、仕方ないよね。こんなオバサンより、若い子の方がいいよね」
課長は寂しい表情をしながら、自嘲気味に言った。
「いや、違います。課長の事、好きです。白井さんのことは、勢いというか成り行きというか・・・」
「そう、それならいいけど。束縛するのは好きじゃないからしないから、束縛はしないけど、あさひのこと信じてるから」
「すみません」
「謝らなきゃいけないことはしないでね。さあ、餃子焼こう」
課長は出来上がった餃子をフライパンに並べ始めた。浮気がバレて、もっと責められるかと思った。
信頼してくれている課長のためにも、もう白井さんと会うのはやめよう。
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