第1話 少女の生業

「でさぁー。ってアズサ聞いてるの!?」


とある学校のお昼時。


そんな中、少女の声が教室に響いた。


「ん?」


私……江藤アズサは箸に取った里芋を口の中に放り込もうとしたのだが、向かいに座る少女が怒ったので箸を止めた。


「なに?真衣」


「もう!せっかく話してるのに無視することはないでしょ!」


向かいに座る少女…加藤真衣はそう言ってプリプリと怒った。


なるほど。つまり構ってくれなかったことに怒ったと。


「ごめんごめん。美由紀の作った弁当がおいしくって、夢中になってた」


「美由紀ちゃんって……あなたの家で養ってる子だっけ?まあ、確かにあの子の料理はおいしいけどさぁ……」


「だからごめんって。……それで、何の話?」


「そうそう。なんかネットニュースで話題になってたんだけどさ。最近、この辺で麻薬の売買が流行ってるらしいんだって」


「ふ~ん」


私は心底興味なさそうに返事をした。


「ふ~んじゃないわよ。あんた普段ボーッ、としてるんだから。気をつないと買わされて麻薬漬けにされるわよ」


「大丈夫だって。…それより、早く食べ終わらなくていいの?」


「何がよ?」


ピッ、と私は時計を指さした。


「昼休み、後少しで終わっちゃうよ?」


「え?…あー!ほんとじゃない!ならあんたも早く……」


「ごちそうさま」


「ちゃっかり食べ終わってんじゃないわよー!」


と、そんなこんなで昼休みは終わる。


――そして、あっという間に放課後となった。


「ねえねえアズサ。この後どこか寄ってかない?」


放課後になってすぐ真衣は遊びに誘ってきた。


「まあ、少しだけならいいよ」


「やったー!」


「ちょっと待ってて。今美由紀に帰りが遅れること電話するから」


私がポケットからスマホを取りだそうとした。


その時だった。


ピロリン♪と軽やかな音とともにメールが届く。


「?」


中身を開き、内容を目にする。


そこにはただ一つ、「要件がある」とだけ書いてあった。


その瞬間、私の目は冷ややかに細められた。


「どうしたの?」


「……ごめん、急用ができた。寄り道はまた今度にして」


「えー!なんでよ、バイト先!?」


「そんなとこ」


「むー。じゃあ……仕方がないわね。それじゃあ、また明日ね」


「うん。また明日」


私はそう言って、教室を後にした。


▲▽▲


教室を出た校舎の裏。


私は周りに誰もいないことを確認した後、とある人物に電話をかけた。


少しして、電話が繋がる。


「やあー!アズサちゃん!元気にしてたかなー!?」


スマホ越しにチャラっぽい男の声が帰ってきた。


私はハア、とため息をつく。


「そういうのはいいです、ボス。早く要件を言ってください」


「ええー?つれないなー」


「早く」


私は鋭く一言そう言った。


「分かった、分かったよ」


その言葉を最後に、お茶らけた雰囲気が消えた。


「……朗報だ。たった今、私たちが探していた麻薬売買グループのアジトが見つかった」


「!本当ですか」


「ああ。場所はいつものところに送るから、それまでに準備を済ませていてほしい」


「承知しました」


「頼んだよ。それじゃ、くれぐれも取りこぼしのないようにね」


その言葉を最後に、通話は切れた。


「はー……」


私はメールと通話の履歴を消し、壁に背中を預ける。


そして、ただ一言呟いた。


「めんどくさ」


▲▽▲


学校を出た後、私はアパートの一室の前で足を止めた。


ポケットから出した鍵でドアを開ける。


「あ、アズサさんおかえりなさい」


すると、茶髪の少女が出迎えた。


彼女の名前は江藤美由紀。


彼女は私が預かった、唯一の家族だ。


彼女は良い子で、血のつながっていない私を姉と慕ってくれている。


料理や家事も上手く、まさしく良妻だ。


「うん。ただいま、美由紀」


私はそう返して玄関を上がった。


そして、台所に弁当と水筒を置いて美由紀に言う。


「美由紀。ごめんけど急にバイトが入って今から行かなきゃいけないんだ」


「あれ、またですか?」


「うん。本当ごめん」


「いえいえ。いいですよ」


美由紀はハハハ、と笑い、手を振った。


「それで?いつ帰ってくるんですか?」


「わからない。閉め作業までして帰るから」


もちろん噓である。


「そうですか。……分かりました。気を付けてくださいね」


「うん。それじゃ、行ってきます」


私は準備をして家を出た。


▲▽▲


……少し、昔話をしよう。


私は物心つく前に両親から捨てられた。


そして、身寄りもなく飢え死ぬ寸前だった私は、ある組織に拾われた。


その組織は、政府と裏で繋がっているいわゆる暗部であり、表社会では裁けないものを裏で裁くべく組織されたものであった。


ようするに、政府公認の殺し屋組織だ。


私は拾われたその時から暗殺術、格闘術、戦闘術を叩き込こまれ、いくつもの任務をこなした。


私は言われるがままに人を殺した。


別に、罪悪感だとかは感じなかった。


そんな感情は、一人で生きていく内に削ぎ落としてしまったから。


何も感じることのない、無味乾燥の灰色の日々。


そんな日々が終わったのは、私が10歳の時だった。


その日の依頼は、人身売買グループを皆殺しにするというものだった。


そいつらは身寄りのない子供をさらい、その臓器を売って金を稼いでいるようだった。


組織に言われ、私はいつものように殺した。


そして、まだ残党がいないか見回っていると、一人の少女を見つけた。


それが美由紀だった。


彼女は体を拘束され意識を失っていた。


「……まだ息がある」


なら、やるべきことは一つだ。


私は持っていたナイフを彼女の首に当てた。


十中八九、彼女は被害者だ。


普通の人なら、彼女を救いだすだろう。

 

だが、生き残りを出してしまうと、そこから組織の正体がばれる可能がある。


だから彼女を殺し、その可能性の芽を摘もうとした。


しかし


「……ッ!」


刃を突き立てることができなかった。


それどころか、私は彼女を養女として迎え入れた。


なぜ、そのようなことをしたのだろう。


このまま殺される彼女を不憫に思ったのか。


それとも、身寄りのない彼女を自分と重ねたからか。


今でも、その理由は分からない。


でも、美由紀と生活する内に、美由紀は私にとっての光になった。


美由紀は、灰色だった私の世界を優しく照らしてくれた。


美由紀には、感謝してもしきれない。


美由紀にはせめて、普通の生活をしてほしい。


そのためには依頼をこなし、人を殺してお金を稼がなければならない。


だから、私は今宵も人を殺す。


美由紀のためなら、私は何だってやってやる。


――――――――――――――――――――


あとがき


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