第325話 気持ち2

翌日、ダンジョン探索が終わった幸地は、インナースーツを着替えながら黎人に昨日の話をしていた。


「という訳なんですけど、僕は何か怒らせるような事をしてしまったんでしょうか?」


幸地は昨日の夜、家に帰ってから万里鈴が帰るまでの話をして黎人に意見を求めた。


その話を聞いた黎人は苦笑いで幸地に答えた。


「それは、俺に相談するよりも楓とかに相談した方がいいと思うぞ? 俺には好きという感情は欠落しているからな」


「え?」


「大切だとか、幸せになって欲しいとかいう感覚はある。だけど、どうも俺のは恋愛でいう好きとは違うらしい。それで失敗もしてるしな」


黎人の話に幸地は驚いたような、難しい、よく分からないといった感情が入り混じったような顔をしている。


「分からなくていいさ。とりあえず、そう言う相談は楓にしろ」


そう言って黎人は笑った。


幼少期の魔石の吸収による感情の希薄さや欠落。それを、経験で取り繕っているのだと感じている。


初めて自分を人と同じように扱ってくれた家族以外の人間が幸せになればいいと思った。


しかしその行動はどうやら失敗だったようで、結果、彼女は命の危機にまで陥った。


その後、周りの、特に楓と翠の恋愛事情などを見ていると、自分のそれは恋愛感情では無いのだろうという予想ができる。


アンナも、火蓮や紫音、他の弟子達、クランの仲間や慕ってくれる人間達が幸せになればいいと思う。


その為の障害を取り除いて、環境を作ってやることはできる。


アンナが楽しそうに笑う姿、火蓮達が幸せそうに過ごす風景を見て嬉しいとは思う。


だから、俺にはまだ生きる意味があると思える。


そんな捻じ曲がった感覚の人間に、この手の話のアドバイスなどできるわけがない。


「ほら、そうと決まれば魔石を吸収したら楓の所に向かうぞ!」


黎人はもう一度笑顔を作って幸地に言った。


「え、今からですか?」


「そうだ。悩みは早く解決さした方が良いだろう」



2人は着替えを済ませた後、幸地が魔石を吸収し、楓を呼び出して食事をしながら話す為に飯屋へ向かった。



楓と合流して飯屋へ入り、注文をして幸地の話を楓が聞こうとしているのだが、幸地は緊張した様子である。


「大丈夫だ。周りに話が漏れるような事はないよ」


「そうじゃなくて、焼肉の食べ放題だって言ったじゃないですか!」


「またそんな事言ったんですか黎人さん。火蓮ちゃんが食べ放題呼び禁止って怒ったって聞きましたけど?」


黎人の言葉に幸地がツッコミを入れると、楓がやれやれと言った様子で黎人に苦情を入れた。


「ああ、確か昔に言ってたな。でも、食べ放題だろ?」


「そう言ってここに連れて来た人は緊張して味がわからなくなりますよ? 今の中原さんみたいに」


幸地の緊張の原因はこの店が高級店だと言う事を指摘されて、黎人はそうなのかといまいちわかっていない様子である。


「中原さん、黎人さんはこういう人なので慣れてください」


「わ、分かりました」


「それで、今日は相談したい事があるって聞いてますが?」


楓は、これ以上この話をしても仕方がないと、ため息を吐いて話を切り替える為に幸地に質問をした。


幸地は、その質問に先程黎人に話した昨日の夜の事を楓にも話す。


「んー、それだけではなんとも、本当に用事があったのかもしれませんし。その前、日野さんのお昼の様子はどうな様子でしたか?」


幸地は、楓に昨日の水族館の話を話した。

入場からイルカショー、お土産のキーホルダーに食事をして家に帰るまでの話。


「ああ、なるほど」


幸地の話から万里鈴の様子を聞いた楓は納得した様子で幸地に向かって話した。


「これまで、監視という名目とはいえ休みの日は中原さんや子供さん達と過ごしていたんですよね?」


「はい、そうですね」


小学校がある日は幸地と2人で、休みの日は4人で行動していた。

昨日も、同じだったはずであった。


「日野さんはこれまで浮いた話の一つもありませんし、その、家庭の事情で家族に強い思い入れがあるんだと思います。 そんな免疫のない日野さんは、中原さんや幸君達と日常を過ごした事でコロッといっちゃったんでしょうね」


楓は、万里鈴が幸地に惚れているのだと予想した。


「それで、中原さんの奥さんの話を聞いて嫉妬したんだと思います。僕だって、翠に過去にお付き合いがあった男性がいて、その話を目の前でされたらイラっとしますから」


黎人は、その話を聞きながらそういう物なのか。などと思いながら届いた肉を網に乗せていく。


「日野さんが、僕の事を……」


幸地はその話は寝耳に水だったようで、考え込んでしまっている。


「中原さん、いや、幸地さん。あなたは日野さんの事をどう思ってますか? 日野さんは俺と翠の大事な昔馴染みです。応援してあげたいですが、幸地さんの気持ちもありますので」


楓は突っ込んだ質問をするが、手元のジョッキは空になっている。


普段より大胆な質問をしているのは空きっ腹にアルコールを入れたせいで軽く酔っているのであろう。


「日野さんは、素敵な人です。しかし、僕には子供達をキチンと幸せに育てなければならないという使命がありますから……」


「それは、日野さんが居ては出来ない事ですか? 日野さんが居ては幸君達は幸せになりませんか? 昨日の水族館は幸せそうではなかったですか?」


「え、そんな事は……」


楓の質問に、幸地は尻すぼみに言葉を小さくする。


「まあ、中原さんにも考える時間が必要だろ。万里鈴がどう思ってるかも楓の憶測だしな。でも中原さん、あなたの気持ちはしっかり考えた方がいい物なのは確かみたいだ。じっくり考えればいい。とりあえず、肉が焼けて来ましたから食べましょう。楓も、食べ物ちゃんと胃に入れないと今日はペースが早いぞ?」


黎人が口を挟んだ事で、話は一旦終わりにして食事をする事になる。


食事を終えた帰り道、子供達へのお土産の肉を片手に持ちながら、幸地は自分の気持ちについて考えるのであった。








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