第219話 社長教育

会議の内容としては、新潟での業務に関してのこれまでの営業での問題点であった。


そのほとんどが、他社やフリーランスの冒険者とのトラブルであった為、不良冒険者のブラックリスト入りが行われた今、問題は減って来ている。


「そもそも冒険者免許を取らせない事はできないんですかね? 東京で社員やってる時には思わなかったですけど、新潟で社長になって痛感しました」


そんなぼやきをしたのは昴であった。


意見としては同じなのか、あさぎも苦笑いである。


「東京でもこの手の問題はまたまだ残ってるわよ。それに対して社員の安全の為に行動するのが社長の役目よ」


それを聞いて昴はうえーと難しい表情を作った。


「本来は優秀な役員を育てて社長は何もしなくなるものだけどな、育って来た所を今回は横取りしてしまったよ」


黎人が申し訳ないと言った様子で話すのを見て、奈緒美は小さな声で「大丈夫よ」と返事をした。


「そもそもこの問題は無くなる事がないんだ。人の勝手な判断で冒険者免許を取るのをやめさせる事はできない。それをしてしまえばスキキライの問題になってしまうからね、後手に回るしかないんだよ」


問題を起こしそうだからと言うレッテルで冒険者免許の取得の可否を決めてはいけない。


最低限のルールを理解していれば仮免許を発行するし、ダンジョン探索能力が十分だと証明できればランクアップして本免許を発行する。


「そもそもどれだけ完璧なルールやシステムを作ったとしても、それを実行するのが人間である限り完璧にはなり得ない。人は自分勝手な解釈で物事を実行してしまうし、ダメだと分かっていても多数決でルールを捻じ曲げようとしてしまう。しかも、自分の周りの限られた人間達だけで、いや、都合のいい様に多数決さえも捻じ曲げようとするからタチが悪い」


例えば、速度制限60キロの高速道路があったとする。


周りの車には60キロを守っている人もいれば、ここは高速道路だから100キロだと決めつけてしまう人もいる。さらには、60キロだと分かっていながらも周りの車は100キロで走っているからと100キロで走る人までいるのだ。


しかも、それを咎められた場合、みんな100キロで走っているのに自分だけ咎めるのはおかしいといって、ルールを無視して自分を正当化するのだ。


それに、自分に都合のいい様に、みんなの人数は変わる。


スマホが欲しい子供のみんなが持ってるからが、友達2人が持ってるだけだったりする様に。


「じゃあ、お手上げって事ですか?」


「そうじゃないわよ、だからこうやって会議をして教育、指導方針をアップデートして行くのよ。あなたの東京の時の指導生にも、学校ではどうしようもないと言われてた子で随分と成長して立派になった子がいたでしょう?」


「まぁ、はい。あの子は今も頑張ってますよ」


昴はその指導生を思い出したのか顔を綻ばせた。


「魔石はね、吸収してステータスを上げるだけでは意味がない、いえ、自分の思考能力が上がる分悪知恵が働く様になってダメな賢さに成長するわ」


「でも、フリーランスでも立派な冒険者は見えますよね、それこそお二人の時代には」


お二人の時代。そんな言われ方をした事に黎人と奈緒美は苦笑いだ。


「冒険者とかは特に関係ないさ、いつの時代も、人が悪い道に進む時は貧しさから、そして、人より貧しくなりたく無いと言った差別からだ。まあこれだけではないけどこれが1番大きいと俺は思ってる」


貧しい。これは何も金銭だけの話ではない。

知識、運動神経等、人は劣等感を感じる貧しさが沢山ある。


その貧しさから抜け出したい欲望が叶わないという現実から目を逸らす為、人は逃げるのだ。


その道は悪になりやすい。そして、悪をカッコいいと思う人間も沢山いる。


魔石の登場によって、逃げる事ではなく立ち向かう事ができる様になった。


しかし、貧しさに慣れてしまった人間は逃げ出せると言う事にさえ気づかない。


だから上がったステータスで悪い道を進んでしまう。


だから、冒険者マネジメント会社の教育方針はダンジョンの探索方法ではなく、魔石を吸収してステータスを上げれば、劣等感と言う貧しさは覆せると言う事を教える事から始める。


場合によっては塾の様に学業から教えることもあるのだ。


劣等感が無くなった時、人は劇的に成長するし、自信がつけば人当たりも良くなる。


教育方針は十人十色。だから社長や役員は教育をデバッグしてアップデートする必要がある。


一つの教育がダメだから全く違う物にするのではなく、いい所、悪い所、人によって合っているのか合わないのかによって改善していく事で優秀な社員を増やしていくのだ。


その為には、企業だけでなくダンジョン側の情報も必要である。


こうして、会議を兼ねた社長教育は続いていくのであった。

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