第197話 黎人の行動

「そこの2人、ちょっといいかな?」


先程合流して、事を起こそうとした安保達に声をかける人物がいた。


「あ、お前は!」


安保の反応に声をかけて来た人物は苦笑いだ。


安保が反応したのは、その人物が自分の邪魔をして印象に残っていたからである。


その人物とは、黎人であった。


安保の反応を見て、もう1人の男は訝しげに黎人を睨んだ。


「おい安保、誰だコイツは?」


「丸岡さん、コイツですよ、例の件を邪魔してくるのは」


例の件とは、紗夜の弁当屋の件である。


「へえ、それで、何の様なんだ?」


丸岡と呼ばれた男は黎人にそう質問した。


「ちょっとこの件から手を引いてもらえないかと思ってね」


「は? 何馬鹿な事言ってるんだそっちには借金があるんだぞ?」


「そうです。これまでの事で借金をちゃんと返済するのは難しいだろうとの事で、店舗を差し押さえに行こうとしていた所です。それを、手を引けだなんて虫のいい話はないでしょう?」


最近はきっちりと返せているので何故そうなるのか分からないが、ちゃんとした所で借りているわけではないので、理屈は通じないのだろう。


「で、いくらなんだ、借金って?」


黎人は紗夜に聞いてはいるが、こう言う輩なので一応確認をした。


「1300万だ! 時期が悪かったなんて言い訳は聞かないぞ!」


黎人は意外だと驚いた。紗夜から聞いていた額と同じだからだ。

難癖付けて、吊り上げている物だと思っていた。


黎人は「そうか」と一言言うと、紙を取り出してサラサラとペンを走らせると、安保に渡した。


「は? なんだこんな紙切れ____」


「ちょっと見せてみろ」


安保が文句を言おうとしたところで丸岡が紙を奪い取った。


「小切手……」


丸岡はその紙の価値を分かってか呆然とそう呟いた。


「まだ端数がたりないか? 100か? 200か?」


黎人はそう言って2人の前に札束を放り投げた。


「ちょっと待ってくれ、なあ」


丸岡は、顔を引き攣らせて小切手の名前を確認した。


小切手には、持ち主の名前とどんな人物かが記載されているからだ。


「春風黎人、冒険者ギルド、代表取締役……」


「お前達がどこと繋がっているかは分かってるんだ。それに、お前達の上がどんな事してるかもな。どうだ? 泥舟に乗ったままでいいのか?」


丸岡の顔は真っ青だが、安保は状況が分からずにチラチラと丸岡の顔を伺っている。


「わ、分かった。これで終わりにしよう」


丸岡が震えた声でそう返事をした。


「なら、借用書な?」


「安保!」


「は、はい!」


安保は言われるがままに借用書を黎人に渡した。


「これで終わりだ。その200万はついでだから持って帰っていいぞ」


黎人は借用書を持った手で挨拶をする様にヒラヒラと手を振ってその場を去っていった。


黎人がこの様な行動に出たのは、最近紗夜の弁当屋への悪戯がどんどんと悪質になっていたからだ。


クレームや、大量キャンセルなんかはまだいい。紗夜の精神的なダメージはあるだろうが、風美夏や周りの人間の温かさでなんとかなってはいる。


しかし、どんどんエスカレートしていった先には、飲食店だからと言う弱点がある。


嘘だろうと何だろうと、紗夜の店で買った弁当で食中毒になったと通報されてしまえば検査の為に営業停止になってしまうのだ。


そしてその間に要らぬ噂を流されれば、食中毒など無くても、食中毒を出した店になってしまう。


黎人はそうさせない為に先手を打った。


誰が紗夜の店を潰したいのか、何をするつもりなのかは調べるのは簡単だ。


その後ろに居る人間に警告するには小切手が効果的だったので、現金ではなく小切手を使った。


これで大人しくなるのを、願うばかりである。



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