69話《大学生》紫音

「紫音ちゃん、おはよう。もうできるから座って待っててね」


私が朝のメイクを済ませて起きてくると、ルームメイトが朝食を作ってくれていた。

同い年なのにテキパキと朝食の乗ったお皿を並べていって、姉の様な存在だ。


「今日は紫音ちゃんの晴れ舞台だからね。張り切っちゃったよ」


そう言ってテーブルに置かれたのはカツ丼と豚汁にサラダだった。


「ねえ、朝から重くない?」


「勝つ!だからね」


「晴れ舞台って言っても入学式で受験じゃないよ」


「でも、首席合格だから代表してスピーチとかするんでしょ?」


「まあ、それはそうだけど…」


そう私は苦笑しながら、2人でいただきますをして私は一口豚汁を啜った。

重いとは言ったが、19歳の冒険者の胃に負担は無い。


「美味しい」


思わず言葉が漏れた。


いつもは朝からこんなに豪勢では無くて、トーストにスクランブルエッグ、ウインナーとコーヒーだ。

それも、2人で一緒に用意する。

まあ、私はトーストをトースターに放り込んでつまみを回しているだけなのだが。


それを、今日は早起きして作ってくれていたのだ。

私の言葉にルームメイトは笑顔である。


「でも、やっぱり勝つは違うと思う」


そう言って、私はどんぶりに盛られた豚カツをご飯と一緒に口に入れる。


「でも、入学式に来てくれるんでしょ?やっぱり私も行こうかな?」


「用事あるんでしょ?無かったとしても恥ずかしいからやめて欲しいけどね」


そう言って、私は照れ隠しに今度はまた豚汁を啜った。


朝食を終えて、新品のスーツに着替える。

このスーツも、この日の為にレベッカさんが送って来てくれたブランド品だ。


出かける前に、首に下げているネックレスをシャツの中にしまった。

ルームメイトとお揃いのネックレスはあの人からの贈り物だ。

埋め込まれた石は彼女がルビーで私がアメジスト。


「紫音ちゃん、ほら、もう行くよ!」


「まってよ、火蓮ちゃん!」


私を呼ぶ声に慌てて玄関へと向かった。



一年前、東京に移住して生活の地盤が整った頃、黎人さんから私は卒業を言い渡された。

実際、冒険者免許は取ってしまったし、私は歩ける様にもなった。

半年と数ヶ月とは言え、その時間は濃密で、それが終わりを告げる事が、私は寂しかった。


「まあ、卒業とは言っても、紫音はずっと俺の弟子だからな」


そう言って、笑顔で渡された箱の中に入っていたのがこのネックレスであった。

私は黎人さんの2人目の弟子だけど、弟子が巣立つ時にこのネックレスを渡す事にしていると照れ臭そうに笑っていた。

巣立ったら関係が無くなると勘違いした一番弟子からの慣わしだそうだ。


そう話す黎人さんの話に、火蓮ちゃんが顔を真っ赤にしてたのは可愛かったな。


そして、一年が過ぎて、私はやっとスタートラインに立った。

昔の私みたいに体の事で人生を諦めてしまう人が少しでも減る様に。

日本では悪い様に扱われている冒険者としての可能性。

私が、黎人さんにしてもらった様に将来少しでも多くの人の力になれる様に。


私はこの東京の大学の医学部に入学する。

まだまだ、目標までに乗り越える事は山の様にあるだろう。


とりあえず、今は首席のスピーチだ。


今日の入学式は黎人さん、師匠も見に来てくれている。


シャツ越しにネックレスへ手を置いて力をもらう様に心を落ち着かせる。

そして、亜桜紫音の名前が呼ばれて出番となり、壇上へと上がる。


気合いの入り過ぎた少女な瞳は、薄っすらと紫電の色うすむらさきに輝いていた。




                第二章完


___________________________________________


あとがき 


書籍版『願ってもない追放後からのスローライフ?』第二巻11月15日発売決定!


一巻が8月だったのにめっちゃ早い!

これもご購入していただいた読者の皆様のおかげです! ありがとうございます!


既にAmazonなどで予約が始まっています。

詳しい情報はX等にあります!


カバーイラストで二番弟子の紫音ちゃんが公開されていますよ!


https://x.com/suga_sp_n


そしてラノオンアワード8月刊の投票が29日までです。

まだの皆様は『願ってもない追放後からのスローライフ?』に投票よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る