第25 話崩れはじめた理想

あれから半年ほど、俺の生活は一変した。


転勤が決まって直ぐ、香織の両親へと挨拶へ行った。

香織の両親は結婚すると連れて来た男が俺だった事に驚いていたが、香織の惚気話と俺の男気を見せた行動に快く愛知で同棲する事を許してくれた。

ただし条件があって、先に籍を入れてしまう事。俺と香織はもちろん二つ返事で了承して婚姻届を用意して証人の片方を義父さんおとうさんに書いてもらうとそれを持って自分の両親にも挨拶を済まし、署名と捺印を貰った。


夫婦になって、初めて2人でしたのは物件選びだった。調べてみれば転勤先の愛知第四ギルドは名古屋から結構離れていた。しかし名古屋で働きたい香織を優先して直ぐに電車に乗れるように名古屋駅の近くのマンションを借りた。

引越しも済ませて家具インテリアも2人で選び2人の生活がスタートした。

香織のこだわりだった広めのウォークインクローゼットが香織の荷物で埋まった時、女性のファッションは改めて凄いと感じた記憶がある。


引っ越したその日、香織が作ってくれた引越しそばは茹で過ぎて柔らか過ぎたが幸せな味がした。


生活基盤が整って初出勤の日。

電車出勤と言うものをした事がなかった俺は驚いた。朝の通勤ラッシュの人の海に弾き返されて乗りたかった電車に乗る事ができなかった。

何とか出勤出来たものの初出勤だからと1時間早く着くはずだった時間は出社時間ギリギリの時間となってしまった。


このギルドのギルドマスターには事前に挨拶をし、自分が入る部署の部長は紹介されている。

出勤時は部長に聞く様に言われてたので部長を探すが見当たらず、近くの人に確認を取るがまだ出社していないらしい。

代わりにその人が席まで案内してくれた。


しかし、俺のデスクには端末も何もなく、仕事ができる様な機材はない。


「あの、PCとか端末は?」


「ああ。うちの部署なんて飛ばされた奴らの溜まり場だからね。そんな物ないよ。クビにしない代わりに何もさせない部署だからね。仕事以外なら何しても自由だよ。」


「え?」


「あ、もしかして頑張れば復帰出来るとか考えてた?無理だよ。でも考え方によっては働かずに給料貰えるんだし。あ、でも給料は地方公務員に毛が生えたくらいに減るけどね。

無理矢理仕事とかしないでよ?とばっちりもらいたくないし。

それに、次問題起こしたら離島の支部に飛ばされちゃうよ?」


それから俺は、やることもないまま出社する日々を送っている。

デスクに座るのも辛くなり、自販機の前でコーヒーを飲みながら時間を潰すことも多い。

周りの話し声が全て後ろ指刺される様に感じるストレス。

そんな精神状態だから、少し魔が刺してしまったのかもしれない。




私生活も想像とは違っていた。

俺について来てくれる為に妻は仕事を辞めた。

だからこっちに来てから就職活動を始めたのだが、上手くいっていない。半年経った今でも仕事は決まっていない。

そこ迄はいい。貯金もあるし、今の所俺の少ない稼ぎだけでもやって行けるはずだった。

勿論、早く仕事を見つけてくれれば楽にはなるのだが。


しかしそんな考えも、数ヶ月で崩れ去った。

妻は元々高級ブランド店で働いたこともあり、そこそこの給料を貰っていた。

だから、当時と同じ感覚での浪費が辞められなかった。

欲しいと思った服やアクセサリー等は買ってしまう。

それに、付き合ってた時と同じ様に、食事ディナーやデートに行きたがる。

理由をつけて我慢させると数日は不機嫌になるし、仕事をしていないのに日中家事もしてくれない。

実家暮らしだった為に親がやっていたらしく、俺は家に帰って来てから一人暮らしの時の様に洗濯をする毎日。

食事は初日のそば以外スーパーの出来合いだ。

いや、考えてみればそばもスープの素に茹で過ぎたそばだったから手料理と言っていいのか…


そうやって溜まった鬱憤が爆発してしまった。

初めての夫婦喧嘩。

お互いの不満がぶつかり合った結果は悲惨な物だった







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