21. 《剣姫》vs《死神》2




 「下賤な小僧め……キサマッ、またしてもッ!!」


 己の細剣を突き付けられた黒衣の《死神》は、同じ格好をしたミティオを睨みながら苦々しげに吐き捨てる。得物を叩き落とされた上に奪い取られた手は、凄腕の暗殺者というのがウソのように情けなく泳いでいた。


 「邪魔するだろう、当然。一度失敗したアンタが諦めない保証は無かったからな。こうして張り込んで正解だった。というか《死神》、俺は“小僧”なんて歳じゃねぇぜ? そう見えるくらいには、アンタも歳を食ってるってわけか」


 半仮面の下に覗く口元をニヤリとさせながら、ミティオは《死神》を煽る。


 「相手を見誤った上に、失敗を取り返そうとして更に失敗を重ねるとは、あまりにもお粗末。伝説の暗殺者様も耄碌もうろくしたな」

 「言わせておけば……ッ……」

 「だってそうだろう? 決して表舞台には現れず、誰にも気付かれることなく獲物を屠る暗殺者、《月夜の死神》。そんな存在なら、本来その異名が広く噂になる程に有名になる訳がないんだよ。名が知れれば知れるほど対策も取られるようになるし、そもそも使側としても暗殺者の存在なんてものは公になってほしくないはずだ。自分の手を汚さずに敵を片付けたいからこそ裏の人間を使うわけで、《死神》の仕業とバレた時点でその犯行には一番そいつを殺したかった人間、すなわち雇い主の関与が疑われるわけだからな。大方、落ち目の家を継いだアンタはその名を広めることで過去の栄光を取り戻したかったんだろうが……腕前は見ての通り、歴代最弱と言って差し支えない有様。成果もお察しだったろうな」

 「キサマ……キサマキサマキサマぁぁァァァッ!!」


 周囲の空間が大きく歪み、風景が溶けるように渦を巻いていく。

 これは……奴の【幻影】の魔法、その全力発動!? この屋敷全体、いや、もしかするとこの街全体を覆い尽くすような幻に、ボクたちを引きずり込もうとしているのか!?


 「そうそう、これを待ってたぜ」


 まるで鼻歌でも歌うようにミティオは上機嫌に笑うと、指をひと鳴らし。すると、ボクたちを飲み込まんとしていた【幻影】が一瞬にして掻き消えた。


 「な……なぁッ……!?」

 「言ったろ、もうアンタの魔法は完全に見切った。幻を見せるのは得意でも、見せられるのは慣れてないみたいだな?」


 静かだった屋敷が一気に喧騒に包まれる。さらに、そう言ったミティオの姿もまた陽炎のようにゆらめいた。

 まさか、これもコイツから奪った【幻影】!?


 「俺の相棒は優秀でね。あの時頂いた【幻影】を解析して、この“仮面”を作ってくれた」


 そう言ってミティオは半仮面に触れる。あれはまさか、【幻影】の魔法を付与した魔法具なのか?!


 「が送り付けた誘拐予告のせいで、この屋敷の警備は厳戒態勢。それに気付かず悠々と忍び込むアンタは傑作だったな。そしてアンタの持つ血統魔法の全力───それを手に入れた以上、《月の精霊》に認められることも十分可能なはず。これで、頂くものは全て頂いた。あとはエレノア、君に預けるぜ。煮るなり焼くなり、好きに料理してやれ」

 「って、キミねえ……美味しいところだけ頂いて、後始末は全部ボクたちに押し付けるつもりかい!?」

 「そういう作戦だったろう。。君になら任せられる。オースティンをまもるのは君の仕事だ」

 「!」


 ミティオ、キミは……

 ちょうどそこに、ボクに続いて《死神》を追いかけてきていた親衛騎士の皆が追い付いてきた。ミティオは黒衣のフードを深く被り、状況についていけず膝をついている《死神》を身体の陰に隠しながら、彼らの前に立つ。手には、高貴な装飾の施された短剣。あの短剣、どこかで……




 「御家の至宝……白き麗しの御令嬢は、この《月夜の死神》ヒュプシス・レニーリョが頂戴するッ───!!」

 「な……ッ……!?」




 その場にいる誰もが驚愕する中、彼の姿が消え去り───皆の視線がの《死神》へと集中する。


 「な、わ、私……はッ……!」


 《死神》は狼狽うろたえながら、咄嗟とっさにミティオが残していった短剣を手に取り身構える。

 奴は魔法の全力使用をした直後だ。いくら魔力の消費が少ない血統魔法とはいえ、全力で使った後はしばらくのあいだ使えなくなる。今が最大の好機!

 とはいえ、先ほど油断して痛い目を見たばかり。ボクは確実に奴を捕らえて、シェリーを狙い裏で糸を引いているかの子爵家を追い詰めないといけないのだ。

 ボクは、フォンティールはオースティンの護り。シェリーを守るのは、お姉さんであるボクの役目なんだからっ!!


 「全員で囲み、追い詰める! 【幻影】の魔法や魔法具による目くらましに気を付けろ! 確実に囲い込んで無力化するんだ。いくぞっ!!」

 「おおっ!!!」


 親衛騎士隊は精鋭。相手は一人とはいえ油断することなく周囲を固め、堅実に包囲を狭めていく。事前にミティオに聞いていた通り、奴は短剣以外にも魔法の矢を飛ばして必死で抵抗してくるが、普段から訓練を積んでいる騎士たちに正面からの攻撃は通じない。


 「く、くそッ……!!」


 奴が不意に宝珠を取り出し、一番近くにいる騎士へ投げつけようとする。

 これは、【閃光】の魔法具っ!


 「喰らうがいいッ……!」

 「───させないよっ!」


 ボクはすかさず【跳躍】で突っ込み宝珠をキャッチすると、その勢いのまま城壁の上まで飛び上がり、宝珠をさらに上空へと投げ上げた。


 「はあああぁっ!!」


 全霊の気合いを込めた掛け声とともに、宝珠を“風の檻”で封じ込める。

 ドォォォォンッ!

 幾ばくかの爆発音と閃光が、“檻”の中で瞬いて消えた。奴の切り札の魔法具───閃光爆弾スタンフラッシュを封じ込めたのだ。


 「これで打つ手は無くなったかな?」

 「……くっ……! 満月の夜に、この《月夜の死神》が……このような小娘などに手こずるなどッ……!!」


 軽やかに地面に着地しながら、ボクはゆっくりと《死神》へ剣を向ける。


 「まあ、それについては相手が悪かったね。でも、《月夜の死神》か……名前倒れなのはボクも同感かな。満月の夜に狼に変身するっていう、“狼男”の都市伝説の方がまだ恐ろしいかもしれないね。魔法の使えないキミなんて、我ら騎士隊の相手じゃないよっ!」

 「グ……小娘ェェェッ……!!」


 悔しそうに歯噛みする《死神》。どうやら本当に手は打ち尽くしたらしい。

 今度こそ、終わりだ!


 「お……オオオオォォッ!!!」


 血走った目で短剣を片手に突進してくる《死神》。まっすぐボクの心臓めがけて突き出される短剣を愛用の剣で絡め取り、奴を地面に叩きつけた。


 「ぐはっ……!」

 「これで終わりだよ、《死神》」


 ボクが叩き伏せた《死神》を、親衛騎士のみんなが拘束していく。ようやく観念したのか、奴はもはや抵抗することなく縛り上げられていた。

 しかし、今の奴の攻撃は破れかぶれのように見えて、その実すばやく的確に急所を狙った一撃だった。勿論まともに受けてやるつもりは無かったし、スピードで負けることはそうそうないのだけれど、奴の実力も決して名前倒れのものではないと今の一合いだけでも分かる。こんな奴を手玉に取ってみせるなんて、の本当の実力はどれだけ……




 「おっ、お嬢様ああああああぁ!」


 そんな時、急に上の方から誰かの叫び声が聞こえた。

 この声は……執事長のダグラス! 今はシェリーのすぐ側で、護衛をしていたはずだけど……と、いうことは。


 「あの声は……執事長?」

 「シャロンお嬢様に何かが……!?」


 《死神》を捕らえたはずなのに、予想外の展開で皆が浮足立っている。


 「あいつ、本当にやったんだ……!」


 そんなみんなを余所に、ボクは言いようのない感慨を覚えていた。

 ダグラスは執事である以上に騎士としての力量も折り紙付きの実力者。そんなダグラスを出し抜いたのか。

 本物のシャロンがいた上層の部屋の辺りからは、紫色の煙が立ち上っていた。───これで、もう後には退けなくなった。シェリーを連れ出した以上は…………ボクも覚悟を決める時だ。


 「賊は捕らえた。でも、共犯者がいた可能性は否定できない。ボクが様子を見てくる! みんなはこいつを拘束して、状況確認と混乱の回復に努めてくれ。ローラン、指揮は頼んだよ」

 「はっ! 副隊長、お気をつけて!」


 隊のみんなに後を託して、ボクは屋敷の屋根へと【跳躍】する。東の空を見ると、青白く浮かんだ月影の中に、小さく飛び去る人の姿が見えた。一瞬だったけれど、あれはやはりミティオと、彼に抱えられたシェリー……


 「……もしもシェリーに何かしたら、タダじゃおかないからねぇ……」


 不誠実な人間には見えないけれども、やっぱりシェリーを素性のハッキリしていない男なんかと二人きりにしておくわけにはいかない!

 あいつが指定してきた合流地点は、東街区の中心にある広場。まさかボクまで欺くつもりじゃないだろうけど……とにかく、一刻も早く追いかけなくちゃ。


 「みんな……ごめん」


 これは、親衛騎士隊の職務を捨て、フォンティールとしての立場にも泥を塗るような真似だろう。父上や母上にも申し訳が立たない。でも……


 それでもボクは、シェリーのための騎士でいたいんだ……!



 大きく屋敷の屋根を蹴り、追い風を背に受けて夜の街へと飛び上がる。

 乗り慣れた魔法の風が不意に頬を撫でて、まるで《風の精霊》がボクの背中を押しているような気がした。


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