第34話 寛大な男
目の前の派手な衣装をしている若者、ボンツに対してオアザが思った素直な感想は、
(面倒だな)だった。
王族に対して、平伏することなく名乗り、要望を出した。
これだけで、十分に罰することが出来る。
(しかし、な)
それだけでボンツを罰することを、オアザはよしとしなかった。
理由は主に二つある。
広場にいる町人達は、ボンツ達に好意的な目を向けている。
ディフィツアン・ドラゴンを倒した事があるということは、『ボンゴレオルーカ』という冒険者の集団は実力があり、それをトングァンの町人たちも認知しているということだろう。
(実力のある冒険者の集団は、町長や領主よりも影響力を持つことがある。王宮を追われている今、下手に敵を増やしたくは無い)
権力が無くなっているわけではないが、オアザも強い立場とは言えない。
無駄な争いは避けた方がいいだろう。
(それに、何より、些細な言動で平民を罰しては……な)
オアザは、ちらりと彼の後ろにいる少女に目を向けた。
いつの間にか、人目が気になるようならつけてほしいと渡していた仮面を装着している。
一応、家名はあるが、平民であり、そのように振る舞う彼女は、オアザが近づくと離れようとする。
それが、単に身分に対する恐れからなのか、それとも、考えたくも無い別の理由からなのかわからないが、とにかく、彼女が離れようとする理由はなるべく消さなくてはならない。
(完全にこの場を俺に任せるつもりらしい)
ディフィツアン・ドラゴンを倒したのは彼女のため、所有権は彼女にあるのだが、何も意見を言うつもりはないようだ。
仮面をつけたあとは、後ろに下がって黙っている。
(なら、俺が言うべきことは……)
オアザは、少しだけ思案したあとに口を開く。
「よかろう、やってみるがいい」
「オアザ様!?」
クリーガルと、周囲にいた兵士達が驚き、声を上げる。
「ただし、無理だと思ったらすぐにやめさせる。いいな?」
「ありがとうございます!」
オアザに許可をもらい、ボンツは意気揚々と下がっていった。
「……よかったのですか?」
仮面の奥で、ドラゴンの解体師、アナトミアが小さな声で聞いてきた。
どこか、ほっとしているような声色である。
ここは、オアザという男が平民の些細な言葉で怒ることは無い寛大な男であると見せつける場面だろう。
「ああ。別にあれくらいは良い余興になるだろう」
「はぁ」
「それに、少々気になっていたこともあるからな」
ふと言葉として出た後付けの理由だが、別に嘘では無いのでそのままオアザは言う。
「気になっていたこと、ですか?」
「いや、ドラゴンの解体師殿がいつも見事にドラゴンを解体するのでな、どれだけ難しいモノなのか、見てみたいと思ったのだ。ドラゴンの解体部が新しく雇った他の解体師達は、皆ドラゴンを解体出来ていないようだしな」
「それは、確かに。なんで皆さん出来ないんでしょうね」
アナトミアも、そこは気になっていた部分のようだ。
解体方法は書面で残しているし、道具もそろえているはず。
なのに、なぜわざわざアナトミアを指名手配してまで、解体道具を得ようとするのか。
解体道具など、ドラゴン解体部の予算であれば、一級品をそろえることなど難しい事では無いはずなのに。
(一級品程度の道具では解体できないのか、それとも、どんな道具でもドラゴンの解体師殿と同程度の腕前が無いと解体できないのか……もしくは、その両方か。これである程度分かるだろう)
思ったよりも面白いことになりそうだと、オアザは笑みを浮かべる。
「あの冒険者の若者も、わざわざ出てきたということは、ある程度解体の腕も自信があるのだろう」
「そうですね。私も、師匠以外が解体している所は見たことがないので、少し興味が出てきました。ドラゴンの解体が出来ないかもしれないのは残念ですが……」
「心配するな。仮にあの冒険者達が解体できそうだったら途中でやめさせる。ドラゴンの解体師殿の分はちゃんと残す」
「本当ですか!?」
仮面をしているのではっきりとは分からないが、アナトミアは嬉しそうである。
その声だけで、オアザは少し元気が出てきた。
「申し訳ありません。このようなことになって、席はこちらです」
そんな話をしていると、町長がやってきた。
そのまま、用意した席に案内してくれる。
「では、行こうか、ドラゴンの解体師殿」
オアザは、アナトミアに手を差し出した。
(確か、このように手のひらを上にして……)
オアザは西の方の国で留学したことがあり、エスコートをする機会が数度だけだが、あった。
このドラフィール王国の慣習ではないが、交易が盛んなこともあり、平民でも外国の品物や知識が豊富に入ってくる。
ゆえに、アナトミアもオアザがしている行動の意味を知っているはずなのだが。
「はい、いきましょう」
いつの間にか、アナトミアは護衛としてついてきていたムゥタンやクリーガルの後ろに下がっていた。
何もない所に、オアザの手だけが浮いている。
「……そうだな」
空気をつかんで、オアザは気づかれないように小さく息を吐いた。
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