第22話 美しいモノ
痩せこけた『デッドリー・ボア』を退治して、オアザ達は近くの村で一晩泊まることになった。
その村には、『デッドリー・ボア』に家屋を壊された村の村人達が避難していて、『デッドリー・ボア』を倒したことを告げると、オアザは非常に感謝されてしまった。
「本当に、ありがとうございます。あの黒いイノシシには村人も何人も犠牲になって……冒険者をしていた者もいたのですが、不思議な術を使うとかで、手が出せなかったのです。何かお礼をしたいのですが……」
「気にするな。それに、私は見ていただけだからな。礼は私の部下にしてくれ」
「いやいや、そんな。オアザ様の武勇は、私どもも存じております。今回も、オアザ様の魔法でかのイノシシを退治したのでしょう。いや、素晴らしい」
礼を言っている男は、おそらくは避難している村人で村長でもしていたのだろう。
気を遣い、なんとかオアザを持ち上げ機嫌を取ろうとしている力のない平民の言葉を否定し続けるほど、オアザも悪い人間では無い。
「まぁ、とにかく『デッドリー・ボア』は退治した。明日、兵士達が安全を確認したのちに村へ戻るがいい」
「ありがとうございます!」
一生懸命に接待しようとする村人達に、オアザは少し疲れてしまった。
それから少し経ち、宴会をしている村人達から離れるように、オアザは村の外れにある小屋にやってきていた。
そこでは、アナトミアが『デッドリー・ボア』の体内から取り出した謎の生き物を解体しているはずである。
「ドラゴンの解体師殿。今、大丈夫だろうか」
「……はい。少々お待ちください」
小屋の扉が開かれる。
出てきたアナトミアの格好を見て、オアザは言葉を失ってしまった。
「……ドラゴンの解体師殿。それは?」
「ムゥタンさんが着替えに置いていきました。こんな服、汚してしまうのが怖いのですが」
アナトミアが着ている服は、白い布地が体型に合わせるように織られたモノであった。
薄暗い小屋の中でも、アナトミアの顔がはっきりと分かるくらいに、服は光を反射している。
「アオザイ、というそうです。こんなモノ、仕立てるのに時間がかかりそうなのに、いつの間に作ったのか……」
アナトミアは不思議そうに自分の着ている服を見ている。
一方、オアザは目頭を押さえていた。
「どうされたんですか?」
「いや、なんでもない。なんでもない」
何かをふるい落とすように、オアザは何度も頭を振る。
「それで、どうされたのですか? こんな外れの小屋にまで来て」
「……どうしてだったかな? ああ、いや、宴会に参加していないようだったのでな。そのような格好をしているということは、作業は終わったのだろうか」
「……はい。これから向かおうと思っていた所でした」
「それはちょうどよかった」
「はい、ちょうどよかったです」
じっと、オアザのことをアナトミアは見ていた。
なんだか気まずくなって、オアザはアナトミアから目をそらす。
そこには、『デッドリー・ボア』に突き刺していた槍が置かれていた。
「そういえば、その、あれは何だったのだ? あの白い生き物は」
オアザが言っているのは、『デッドリー・ボア』から出てきた白い生き物のことだ。
あのあと、アナトミアは解体が忙しいからと詳しく説明してはくれなかった。
「あれは、ドラゴンです」
アナトミアの答えに、オアザは驚く。
「あの白くて、うねうねしているモノがドラゴンなのか!?」
「はい。まぁ、分類上は、ということですが」
ドラゴンの話題であるはずなのに、アナトミアはあまり嬉しそうではない。
職業柄なのか、ドラゴンについて質問すると、アナトミアはいつも嬉しそうに答えてくれるのだが。
「しかし、なぜあのような生き物……ドラゴンが、『デッドリー・ボア』に突き刺した槍に刺さっていたのだ?」
「寄生していたのですよ。『パラジイト・ドラゴン』は、他の動物に寄生して、育つドラゴンなのです」
「寄生?」
「はい。あれは、体内に潜り込んで、宿主の体から栄養分などを吸収して生き、育ちます」
「虫にそのような種類がいることは知っているが、ドラゴンにもいるのか」
例えば、有名なモノで言えば、カマキリなどに寄生するハリガネムシなどだろう。
「珍しいモノではないのですがね。素材としても、まぁまぁ優秀というか、ちょっと特殊な使い方が出来るので」
「そうなのか」
カタリ、と音がした。
気がつくと、オアザはいつの間にか扉の前まで下がっている。
「どうされましたか?」
「いや……なんでもない」
「そうですか」
ふと、部屋に甘い匂いが充満していることにオアザは気がついた。
香でも焚いているのだろうか。
鼻孔をくすぐる感覚に意識を奪われそうになっていると、アナトミアがゆっくりと近づいてきた。
「そういえば、オアザ様に一つお願いがあるのですが」
ムゥタンが身なりを整えてから、アナトミアは魅力的な少女になった。
髪は艶やかで光沢があり、良くみれば唇には紅をさしてある
普通の男ならば、彼女にささやかれると、どんな願いでも叶えてしまいたくなるほどに、蠱惑的だ。
そして、どうやらオアザもそんな男の一人のようだ。
「解体させてください」
アナトミアのお願いに、迷うことなく許可を出してしまう。
「ああ、かまわない」
オアザの許可を得て、アナトミアは巾着袋から剣を取り出した。
いつも、ドラゴンの解体に使う剣だ。
丁寧に磨かれているのであろうその刀身は、湧いている清水のような透明感さえある。
小屋の窓から、欠けた月の明かりがこぼれてくる。
月と、剣と、部屋の隅にある蝋燭の火。
それらの光を纏いながら、アナトミアは剣を振る。
(美しい)
オアザは、ただ、そう思った。
アナトミアが、何を解体したいのか明言しなかったことなど、どうでも良かった。
光と共に、剣が舞う。
それを見ているだけでよかった。
そのアナトミアの剣が、オアザ自身の右胸を貫いていることに、むしろ喜びさえ感じていた。
(そういえば、護衛がいないな)
いつの間にか、常にオアザの側にいるはずのクリークスたちがいなかった。
アナトミアの護衛をしているはずの、クリーガルとムゥタンも、この小屋にはいない。
(……そういうことか? そういうことか)
思えばアナトミアほどの剣の腕前を持つ者が、ドラゴンの解体師という国の重要な役職を外されること自体、おかしいことなのだ。
(だが、不思議と悲しくはない、な)
ただ、深く、深く、アナトミアの剣が胸に刺さっていくことだけが、オアザの視界に鮮明に映し出されていく。
「……ドラゴンの解体師殿」
そっと、オアザはアナトミアの頬に手を当てた。
アナトミアの目は、彼女が振るう剣のように、ただ月の光を返している。
最後に美しいモノを見て、オアザの意識は暗く落ちていった。
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