第48話 可愛いクマちゃんのスポンサー

 湖と酒場が繋がり、冒険者達の喜びの声が響くなか、


「ルーク」


美しく冷たい声がルークを呼ぶ。


「白いのにこれを。――お前に渡しておく」


 そういって黒い革の手袋に包まれた手でクライヴが差し出してきたのは、昨夜の大量の魔石と同じ、雪色のリボンで結ばれた包みだ。

 ジャラ、と音を立てるそれをルークが受け取ると、彼の腕の中のクマちゃんがもこもこの両手で黒い革の手袋に包まれた手を、もふ、とはさみ上下に揺らす。

 とても感謝しているようだ。


「足りなくなったら言え」


 吹雪の男クライヴは、美しい顔で不機嫌そうに目を細め、お金持ちのパパのようなことを言い、可愛らしいクマちゃんを見つめる。

 その時彼は(肉球……)と思っていた。


 その言葉を聞いたクマちゃんが、感動したように、もこもこの両手をもふもふの口にサッと当て、可愛らしいつぶらな瞳でクライヴを見つめた。

 素敵な肉球の持ち主クマちゃんは、いつでもお小遣いをくれる素敵なスポンサーを手に入れたのだ。


 冬の支配者のような男クライヴは、少しの間可愛いクマちゃんを見つめ「好きなことに使って良い」と言い残すと、踵を返し二階へ消えた。

 冒険者や酒場のことではなく、クマちゃんのしたいことに使えという意味のようだ。


「俺ああいう会話してるおっさんと愛人みたことある」


 輝く金の髪をかき上げ、教育に良くないことをいうリオ。


 冬の支配者クライヴと可愛らしいクマちゃんの心温まる交流を静かに見守っていたルークは、リオの方へ一瞬鋭い視線を流し、 


「良かったな」


と腕の中のもこもこに、先程自分が言った言葉をもう一度繰り返した。



 忙しいマスターは、クマちゃんの可愛いもこもこの丸い頭を何度も撫で、「色々、ありがとな」と渋い声で優しく笑い、立入禁止区画の方へ去っていった。

 戻ってきたばかりで、もう仕事らしい。湖で一緒に過ごした冒険者達も「ありがとうクマちゃん」「すっげぇ楽しかった」「ドレスが届いたら連絡する」とそれぞれがクマちゃんに感謝し、声をかけ、朝食や仕事の準備のため散っていった。



 

 現在クマちゃん達は、いつものように酒場で朝食をとっている。

 皆に可愛いと褒められ、違和感がなくなった薄い水色のよだれかけを着け、ルークがもふもふの口元まで運んだフォークで、小さく切り分けられた薄味のお肉を食べているクマちゃん。

 座っている場所はルークの膝の上。食事はルークが注文したクマちゃん専用の薄味で刺激が少ないもの。最近はもこもこが自分でフォークを握ることもない。

 完全にルーク任せである。



 つぶらな瞳で可愛らしくもちゃもちゃしているクマちゃんを見て「リーダーまじで甘やかしすぎだって」とかすれた声でリオが言う。

 そういうリオも、もし今ルークが誰かに呼ばれ席を立ち、椅子にぽつんと座って寂しそうに彼の帰りを待つだけのクマちゃんを見たら、ほうっておけずに同じように食べさせてやるに決まっているが。



 優雅な食事が終わり、ルークに抱えてもらったクマちゃんが、宣伝のために〈クマちゃんのお店〉の前に移動すると、細身でひょろりと背の高い男性ギルド職員が


「クマちゃん。マスターが『今日から販売可能だ。販売開始は好きな時で良いから無理しないように』って言ってたけど、どうする?」


と声を掛けてきた。

 職員は手元に見慣れない、長方形で書類くらいの大きさ、厚さ二センチ程度の道具を持っていた。おそらくあれが、購入者を記録する魔道具なのだろう。


 クマちゃんは深く、うむ、と頷いた。

 皆のために作った元気になる飲み物を売るのは早い方がいい。おつまみはまだ出来ていないが、怪我人が出る前に飲み物だけでも全員に売らねばならない。


 大人気店〈クマちゃんのお店〉はあまり大きくないので、初日は店の前で売るほうがいいだろう。大勢が押し寄せて怪我人が出てしまっては大変だ。

 ルークの腕の中からもこもこの手で、近くのテーブル席を指す。


「あ、店の前で売んの? 了解。持ってくる」


 テーブル席の近くにいたリオが、自分の後ろにあるそれらを店の前へ運んでくれた。四脚の椅子は、ひとつはひょろりとしたギルド職員の分らしい。


「この間クマちゃんが作った宣伝用の音声も流したらいいのではない? 皆すぐに気が付いてくれると思うのだけれど」 


 シャラ、と装飾品を鳴らし、席の一つに着いた南国の青い鳥のようなウィルが、テーブルの上に両手を組み、その上に顎を乗せ、クマちゃんへ素晴らしい提案をしてくれた。


「えぇ……」

 

 リオが小さな声で何か言ったが、小さすぎてクマちゃんには聞こえなかった。大したことではないんだろう。

 クマちゃんが宣伝カーの一番近くにいたリオをつぶらな瞳で見つめ、もこもこの手でスイッチを指す。

 リオは「えぇ……」とまた小さすぎて聞こえない声で呟きながら、宣伝カーの後方にある――台車の荷物が落ちないように支える部分に付いている――スイッチを押した。



 騒がしい宣伝用音声が流れるなか、ひょろりとしたギルド職員が購入者を記録し、椅子に座ったルークの膝の上の可愛いクマちゃんが商品を手渡す。


『安いよ安いよっ!』


 という音声に偽り無く、国宝よりも価値が高そうな、世にも珍しい神々しい光こぼれ落ちる瓶と、その中の素晴らしい飲み物――治癒、疲労回復、魔力回復、魔力最大値上昇、効果の持続など、大半が人間の手では作り出せない効果を持つ――としては、破格の値段で販売されている。



 元気になる飲み物発売の少し前。

 今すぐ販売を開始するというクマちゃんの意思を、ギルド職員がマスターに伝えると、すぐに彼がやってきて『値段はどうする? もう決めてるか?』と聞いた。

 しかし、クマちゃんはつぶらな瞳でマスターを見つめ首を横に振ったのだ。

 いつもは首を縦に振るクマちゃんが、首を横に振ったということは……と思ったマスターは『まさかお前、無料で配る気か?』と尋ねた。

 今度こそ、首を深く縦に振ったクマちゃんを見たマスターが、もこもこの丸い頭を撫でながら『……お前は優しいな。心配するな。みんな、少しくらい高くたって払える』と優しい口調で言ったのだが、大変そうな冒険者からお金を取りたくないらしい健気なクマちゃんは頷かない。


 そこでマスターが、『……あー。わかった、じゃあ取り敢えず、今回はギルドの回復薬と同じ値段で販売する。それで、お前が何か必要になったら、ギルドでできる限りのことをしよう。現物でも現金でもいいし、魔石でもいい。その時はルークに伝えるか、俺に直接言ってくれればどうにかする。――それでいいか?』と、可愛いもこもこを説得した。 

 

 そういう経緯で、価格を決められない程価値が高そうな、クマちゃん特製〈元気が出る飲み物〉はギルドの回復薬と同じ価格で販売することが決定したのだった。


 

 冒険者がまた一人、元気が出る飲み物を買いに来た。

 

「じゃあ白い方一つ……」『それしか言えねぇのかテメー!』「両方買うに決まってんだろコノヤロー!」


 宣伝の効果は抜群のようだ。



 朝の宣伝で皆が買ってくれたため、商品はすぐに品切れとなった。ひょろりとしたギルド職員が「じゃあ俺は先に報告行ってくるね」と魔道具を持って立入禁止区画へ向かう。

 因みに、当然のように開店と同時に来た、クマちゃんのスポンサー、冬の支配者クライヴは「全種類一つずつ」と大人買いをし、〈クマちゃんのお店〉の裏に出来た湖直通のドアへ消えていった。

 そして言うまでもなく、彼は大型モンスター程度では怪我をしない。



「すげー。クマちゃん完売じゃん」


 リオは自分の使命のように、宣伝カーの『バカヤロー!』という音声を切り、クマちゃんの功績を称えた。

 販売中に品出しをしてくれていたのも彼だった。

  

「本当にクマちゃんは素晴らしいね。彼らが回復薬を嬉しそうに買う日が来るなんて。――君がこの酒場へ来てから、皆とても楽しそうに過ごしているよ。もちろん僕もね」


 クマちゃんが商品の受け渡しをしている間、さりげなく冒険者達に視線で圧力をかけ、瓶を盗む人間がでないようにしていたウィルが、慈しむようにもこもこを褒める。


「そうだな」


 クマちゃんが現れてから一番世界が変わったであろう男も、膝の上の大事な可愛いもこもこを大きな手で優しく撫で、相槌を打つ。

 ルークは元気が出る飲み物の販売中、商品の受け渡しをするクマちゃんの可愛いもこもこの手に、リオが店内から運んできた商品を渡す、という彼にとって一番楽しい作業をしていた。



 立入禁止区画のマスターへ大人気店の店長クマちゃんを預けに来た三人の目に、忘れていたものが映った。

 ルークに抱っこされているクマちゃんはそれを気にせず、彼の長い指をくわえ甘えていた――。

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