第46話 親切なクマちゃんと朝のきらめき

「よし。それじゃ各自、一組ずつ受け取って好きな場所に敷いてこい」 


 クマちゃんが自分をじっと見つめていることに気付いたマスターは、寝具を皆に配りたいのだろうと思い、夜空を見上げ泣いている冒険者達に指示を出した。

 マスターがルークに抱っこされているクマちゃんにもう一度視線をやると、深く頷いている。どうやら合っていたようだ。

 涙を拭い近付いてくる冒険者達。輝く展望台に照らされ、夜空で光る敷物と巨大クッションを、ルーク達が魔法で下ろし、一組ずつ渡していく。色の希望は特に無いようで、渡されたものが白でもターコイズ色でも「ふわふわだ……」と言って喜んでいる。



 クマちゃんは皆が喜んで自分達の寝床を整えているのを見て、非常に満足していた。

 うむ。これで、皆ふわふわで幸せに寝られるだろう。

 クマちゃんはルークと一緒であれば固い地面でも気持ちよく幸せに寝られるが、皆はいつも一人で寂しくベッドに寝ているから、ふわふわの方が少しは幸せなはずだ。

 皆もルークと一緒に寝れば固い場所でも幸せかもしれないが、ルークは一人しかいないので仕方がない。

 クマちゃんにも譲れないものがあるのだ。

 

「クマちゃん寝る場所どこがいい? 家の前?」


 真剣に考えていると、少しかすれた声で質問がとんできた。リオはクマちゃんに寝床に適した場所を教えてほしいようだ。

 一番適した場所はルークの胸元のあたりだが、あの場所はひとりしか入れないのでリオには教えてあげなくてもいいだろう。

 しかし、家の前だと展望台が明るすぎるのではないだろうか。クマちゃんは明るくても潜り込む場所があるが、リオはひとりぼっちだから眩しくない場所がいいはずだ。

 展望台が無い方の家の横であればひとりぼっちのリオでも眩しくないだろう。

 丁度自分達がいる場所の近くを、ピンク色の肉球がついたもこもこの手で示す。


「あっち? 家の横?」


 リオからの質問に、うむ、と頷いて返すと「りょーかい。敷いてくる」と言って皆の分の敷物を持っていった。

 ちゃんとマスターとクライヴの敷物も持っていったようだ。

 受け渡し作業をしている彼らを気遣ったのだろう。

     


 自分達の敷物とクッションを手に入れた冒険者達はとても喜んでいる。


「やばい。やわらかすぎる……」

「やばいな……」

「やばい……」

「――なぁ、今すぐこのふわふわに飛び込んでもいいと思うか……?」

「馬鹿やめろ! 汚れたまま飛び込んだら魚拓みたいになるぞ!」

「確かに……」

「間違いない……」

「自分の模様は嫌だ……!」

 

 自分の跡がついたクッションで寝るのは嫌だと思った冒険者達は、美しく汚れのないそれを悲しそうにみつめている。

 やわらかな敷物にも汚したくないという理由で座れないようだ。



「あいつらは何をやってんだ……」


 座りもせず、切なそうに敷物の上の巨大クッションを見つめている冒険者達に、眉間に皺をよせたマスターが呆れたような口調で呟く。


「汚れてしまうのが嫌なのではない?」


 美しいものが好きなウィルには彼らの気持ちがわかるらしい。


「あー。……まぁ、確かにそうか。――お前ら。先に風呂に入ってこい。残りは俺がやっておく。クライヴ、お前も行け」


 切ない冒険者達をクッションに座らせてやるには、順番に綺麗にしていくしかない。

 残りの受け渡しくらいであれば、少し雑な魔法でもどうにかなるだろう。


「マスターやさしー。じゃあ先に入ってくる」


 白い家の陰とその周りに寝床を作ってきたリオは、マスターの言葉を聞いて喜んだ。




 世界で一番器用に魔法を使う男、ルークに温泉シャワーを作ってもらった仲間達とクライヴは、現在露天風呂の横で体を洗っている。

「リーダー器用すぎ。――それより何でクマちゃんだけ泡だらけなの? 何で森にそんなもん持ってきてんの?」


 クマちゃんのツボから宙に流れ、そこから雨のように降り注ぐ温泉で体を洗い、横目でルークとクマちゃんの様子を確認するリオ。


「本当にリーダーは魔法を――というより魔力を器用に使うね。……確かに、どうして森に石鹸を持ってきているの?」


 ウィルも泡でもこもこのクマちゃんが気になっている。あの小さい石鹸はクマちゃん専用の、お肌にやさしい高級石鹸ではないだろうか。



 きれい好きのクマちゃんは、ルークに石鹸の泡でもこもこにされながら考えていた。

 うむ。いい香りである。

 やはり一日の終りはこうでなくては。いい香りに包まれ、ふわふわに乾かしてもらい、温かい胸元で眠る。

 どれも絶対に欠かせないことである。


 

 お外では石鹸で洗ってもらえないという可能性など、甘やかされ続け堕落したクマちゃんは考えない。


「リーダーまじでクマちゃん甘やかしすぎ……」  

  

 リオはこんな森の中でまで、高級な泡に包まれ、繊細な被毛と地肌を傷つけないよう優しく洗われているクマちゃんを見て色々と言いたいことがあったが、余計なことを言って自分の温泉シャワーが止められたら困る、と黙った。


「…………」


 クライヴは、いい香りの泡で、もこもこになったクマちゃんを危ない目つきで見ていたが、もちろん悪意はなく、


(これがあの艶の……)


と考えているだけだった。 


 

「このお湯ってなんで青っぽいんだろ。ちょっと光ってるし。しかも葉っぱの隙間から見える景色すげー綺麗じゃん」

 

 四人と一匹で入っても余裕のある大きさの露天風呂の中、湯を手のひらで掬い、不思議そうにするリオ。手に乗せると青くは見えないし光ってもいない。

 視線を湖の方へ向けると、葉の隙間から展望台の光とそれに照らされた湖がみえる。

 やや離れた場所から聞こえる冒険者達の声は明るく楽しそうで、ともすれば危険な森の中だということを忘れてしまいそうだ。


「……今は疲れていないし、気づきにくいけれど。この温泉には回復と浄化の効果があるみたいだね。それと、先程の魚料理には身体強化だけでなく回復効果もあったのだと思う。――この湖全体に癒やしの力を感じるから、魔力に敏感か、もしくは怪我人でないと個別の効果には気が付かないかもしれない」


 派手な外見と大雑把な性格のせいであまり真面目そうには見えないウィルだが、魔法に長けた彼は魔力の流れにも敏感で、考え事をしている時も大体は真面目である。

 今はほとんどの装飾品を外しているが、浄化の効果も付与された、手首と足首を飾るそれは、温泉に浸かっても問題がないらしく、湯の中でも身につけられたままだ。


「そうだな」 


 全体的にクマちゃんを褒める内容の会話に、低く色気のある声で相槌を打つルーク。彼はクマちゃんが溺れないよう抱っこしたまま温泉につかり、もこもこの、おそらく肩と思われる部分に掬った湯をかけてやっていた。



 装備や道具に浄化魔法をかけたルーク達がぴかぴかホカホカで露天風呂から出てくると、順番待ちのため少し離れた場所で地面に座っていた冒険者達が羨ましそうに、切なそうに彼らを見つめていた。

 

「あまり人体にかけるのは良くない気がするのだけれど、お風呂上がりに汚れた服を着たくない気持ちはとてもわかるよ。――浄化の魔法をかけてほしい人は、僕の前に並んで」


 装飾品で全身を飾る、派手な外見と青い髪、美しい顔立ち、透き通った声で優しいことを言うウィルに、冒険者達は「神よ……」と呟き、すぐに列をなした。『人体にかけるのは良くない』という台詞は、都合よく聞こえないことにしたようだ。

 ルークとクライヴも、寄ってきた彼らにまとめて浄化魔法を飛ばしている。たまに「冷たっ!!」と聞こえるが汚れているよりは良いだろう。



 クマちゃんの別荘の陰に用意された寝床で、就寝の準備を整える。

 ルークの素晴らしい技術で、堕落したクマちゃんがふわふわのピカピカになっていく。

 このもこもこが自分で身を整えることは、もうないだろう。


「めちゃめちゃツヤ出てんじゃん……」


 ルークの膝の上、つぶらな瞳で可愛く座り、高度な魔法と高級な布でお手入れされているクマちゃんを見たリオが呟く。

 いつもならこの場所より暗い部屋の中にいるリオが、高級お手入れ中のクマちゃんをやや明るい場所で見たのは、これが初めてだった。

 昨日はここまでツヤツヤでは無かった気がする。明るさのせいだろうか。――いや、あの温泉とお高い石鹸で何かが高まったに違いない。

 

 そんなどうでもいい事を考えながら、やわらかい巨大クッションに身を沈め、先程別荘の中から持ってきた布を目元に掛け、リオは眠りについた。


◇ 


 ルークの温かな胸元で目を覚ましたクマちゃん。目の前の少しはだけたシャツから視線を上げると、やはり一緒に目を覚ましたらしい彼が微かに目を細め、朝の挨拶をするように、大きな手で優しくクマちゃんを撫でてくれた。


 もう朝日が出ているが、皆はまだぐっすりと眠っている。


「――まぶし……」

 

 近くからリオのかすれた声が聞こえた。どうやらいつも暗い部屋で寝ているせいで、朝日に負けているようだ。

 可哀想だからクマちゃんがなんとかしてあげよう。



 『眩しい』 余計な一言で親切なクマちゃんが動き出してしまった。 


 

 日差しを防ぐため、布を別荘から持ってこようと思ったが『眩しい』と言った本人が〈丁度いい布〉を持っていた。

 親切なクマちゃんは、リオの敷物の上に置かれた道具入れを漁る。



 ルークは巨大クッションに横になったまま、横目で可愛らしいクマちゃんの怪しい行動を見ている。


 可愛い肉球のついた手が、切れ味のいいものをリオのクッションの上に置く。

 もふり。

 親切なクマちゃんが、リオの寝ているクッションに上ってしまった。

 つぶらな瞳が〈丁度いい布〉を探す。

 リオの頭の下に何かが挟まっている。


 親切なクマちゃんが〈丁度いい布〉を目指し、近付く――。




 ジョリ……


「……ねぇ。なんか今変な音しなかった?」


 リオは目を開けた。

 今の音は一体なんだろうか。 

 何か大変なことが起こった気がする。



 彼は自分が余計なことを言ったせいで、親切なクマちゃんに何かをされてしまった事にまだ気が付いていない。


 リオが少し頭を浮かせた瞬間、スッと起き上がり魔法で丸ごと回収したルークが、親切なクマちゃんの体をそっと払う。

 彼らの周りには、持ち主から切り離された細い金色の束が悲しげにきらめいていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る