第19話 脳がバグる
操の目の前には、角と翼を生やしたメイド姿のセクシーな美少女がいた。青紫色のウェーブがかった髪と褐色の肌が生える炎上をする度に人気が爆発するそのサキュバスの名はショコラ—―
「お待たせ。ちょっと接続するのに時間がかかった」
操は比較的自分の容姿に近いピンク髪の女性のアバターでメタバース空間に接続した。そして目の前にいるショコラは笑顔で操に手を振るのであった。
「いえいえ、大丈夫ですよ。おかえりなさいませ操様」
この外見とこの声から放たれるこの言葉。全く違和感がない。でも、操はこのサキュバスメイドの中にいる人物の正体を知っている。その正体を知っているが故に自分にこの言葉が向けられると思うと脳がバグってしまう。
「あの、琥珀君。いつものようにしゃべれないのか?」
「え? 私はいつもこの調子ですよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
琥珀はVtuber活動をしていて、それに使っているガワが正にこのショコラである。一般的に販売されているものの、その売上は……なぜか爆発的な伸びを見せることはなかった。
「いつもの琥珀君のしゃべり方にはできないのか?」
「いつものしゃべり方ですか。その……お、俺……」
「なんで一人称言うだけで抵抗あるんだ!」
なぜか普段良い慣れている一人称ですらもこのガワを被ると言えなくなってしまう。正に呪われたガワである。
「む、無理ですよ。操様。長年この姿であのキャラでやっていたんですから、今更、キャラ変更しろって言われても」
ショコラが眉を下げた困り眉になり上目遣いで操を見つめる。操はそれにうっとたじろいでしまう。これは単なるサキュバスメイドのガワである。それなのに、その背後にどうしても琥珀の姿を幻視してしまうのだ。
「じゃあ、その姿でデートに来なければいいだろう」
「だって、この姿がアバターの中で1番落ち着くんですから仕方ないじゃないですか」
色々なアバターを試しては見たけれど、琥珀はショコラ以外のガワを被ると違和感を覚えるような体になってしまったのだ。
「それになんか琥珀君に敬語を使われると落ち着かないな。その……昔の関係性に戻ったみたいでなあ」
「いいじゃないですか。昔を思い出したって」
「それに操様って言われるのも……恋人相手に名前に様を付けられるとなんかいけないことをしているような気がする」
普通は恋人同士の関係では、様を付けないようなことが一般的ではあるが、なぜかとある界隈というか業界では、様を付ける方が一般的である。
「じゃあ……お嬢……奥様とか?」
「待て。私はまだ結婚していない。それになぜお嬢様って言いかけてやめた」
「いや、年齢的にお嬢様はキツいかなと」
「よし、わかった。琥珀君。次会った時には折檻してあげよう」
「えー……」
ショコラが粗相した時に出て来る謎のワード折檻。その折檻が意味することは……実は定まっていない。
◇
「ほら、操さん。俺に折檻するんじゃなかったの?」
「そ、そんなこと言ったってぇ……」
数日後、お互いのスケジュールに余裕ができたので、琥珀の家にやってきた操は……なぜか逆にやられていた。やられていたが何を示すのかはここでは詳細に書くことはできないが、現在の時刻が陽が沈んでいる時刻であることと、ここがベッドであるということだけは書き記しておく。
「操様。いけないサキュバスメイドに折檻してくださいよ。できるものならね」
「ちょ、こ、琥珀君。なぜそこでショコラが……! 今はガワを着てないだろ」
「私はショコラのガワを着ている時は、ショコラの人格じゃないとしっくりこないのはたしかです。でも、ガワを着てない時にショコラが出せないとは言ってませんよね?」
ベースは同じながらも、わずかながらに変わる声色と口調で操の脳内にはショコラが浮かんでくる。しかし、目を開ければそこにいるのは紛れもない最愛の琥珀なのである。
それが操の脳の理解を遅らせてしまい、脳内がバグだらけにしてしまう。ハイになっているプログラマーが操の脳内のバグの数を見たら、それはもう楽しくて仕方ないことになる。
【自主規制】
その後、シャワーを浴びてきた操は再び琥珀のベッドに戻る。ちょっとだけムスっとした表情を琥珀に見せた。
「琥珀君。今日のはなんだ」
「なんだと言われても、俺もなにをしたのかわからない」
「私にそういう趣味はないからな!」
「いや、そうは言っても……俺も最初はちょっと悪ふざけでやっただけですぐにやめるつもりだったんだよ。でも、操さんが思いのほか乗っていたから」
「乗ってない!」
きちんとした繋がりがあれば、お互いが乗っているかどうかは感覚でわかるものである。
「じゃあ、もうショコラを召喚するのやめる?」
「いや、その、琥珀君がどうしても召喚したいと言うんだったら、私は別にそこまで必死に否定しないこともないけど」
「じゃあ、わかった。操さんがおねだりした時だけ出すよ」
「鬼畜……」
ボソっという操のその言葉に琥珀の全てが詰まっていた。そして、操が琥珀を好きな理由の一端もそこにある。
コハクトリゼ 下垣 @vasita
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