第187話 岐阜城にて。織田上総介信長

同年 六月 岐阜城


岐阜城についた。でかい。

岐阜城は道三の時代までは典型的な詰城だったが、信長が縄張りを破棄して設計し直している。


「直茂、常陸介、お主らは昨年来ておろう?どうだ変わっておるか?」

直茂と常陸介のみ同席させ、他は外で待機させている。


「はい、驚きました。ここまで進んでおるとは。縄張りも前回来たときに思いましたが、山城なのは変わりませぬ。しかし詰城ではなく館の様な造りです。そこかしこに豪華な迎賓館や、親族が住むための屋敷があります」。


「さよう。もともとこの城は曲輪が狭い上に、水の手もないゆえ籠城には不向きだったようです。要害だからではなく、平野を一望できて長良川を管制できるのでここに城を築いていたのでしょう」。


「そうだな。戦のためではなく、威厳や権威を見せるための城だ」。

常陸介と直茂が顔を合わせた。


「殿と同じにございますね」。

うむ、とうなずいた。


「これから京へ進出するために公家や商人を招いて宴を催し、歓待するための物であろう。逆に考えれば、籠城せずに外で戦って寄せ付けぬ、強い意志を感じる」。


半刻ほどそういう話をしていると、信長がやってきた。


「お初にお目にかかります。上総介殿。小佐々弾正大弼純正にござる」。


「織田上総介にござる」。


「昨年はわが家臣直茂と純久、ご歓待いただきかたじけのうござる。また、その節は大友との件、快諾いただき感謝しております」。


「なんの、時計に望遠鏡、澄酒に玉薬、感謝しておる。もう少し融通してくれれば、なおよいがの」。

にやり、と笑う。


「して、こたびは何用にござろうか」。


「されば、上洛の件にござる」。


「上洛?なんの事にござるか」。

うーん、しらばっくれる?別に隠す事でもないと思うけどな。


「今、越前の明智十兵衛どのを仲介にして、左馬頭様と調整をなさっているのではありませんか?」


・・・。

信長の顔色が変わる。別に隠す事でもないのかもしれないが、おおっぴらに事前に宣言する様な事でもないのかもしれない。それを初めて会った人間から、詳細な状況を聞かされれば、疑問に思うのも仕方がない。


「四月にわが義父が左馬頭様の元服式に招待されておりますれば」。


「さようでござるか。わしはてっきり・・・。いや、さもありなん。合点がいき申した」。

疑心が溶けたようだ。なによりだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「それはようござった。わたしがこたび参ったのは、諸々の報告や事前の連絡でしてな。べつに上総介どののお心を悩ます様な事ではないのですよ」。


ほほう、と信長がニヤリとわらう。


「おおよそ、・・・九月になりますか?大和の山城守殿とも結ばれておるのでしょう?上洛のさいに、もしなにかお役にたてる事があればご助力いたします」


信長の表情はかわらない。そう見せているのか、それとも本当に変わっていないのか、それはわからない。


「なるほど。ご厚意痛み入りまする。して、弾正大弼どのは都にて所司代に任じられていると聞きますが、何をなさっているので?」


「いえ、特別な事はござりませぬ。内裏と洛中の警備をおこなっておりまする」。


ほほう。信長の顔がそう言っている。


「してその兵力は?」

「五百ほど」

「本当のところは?」

「五百にござる」

「いやいや、そうもったいぶらずに」

「いや、本当に五百にござる。第一、それ以上の軍勢を入れたとて、どの様に維持するのです?」

「・・・。まあ、そういう事にしておきましょうか」


助かった。3ターンで終わった。でも、目は笑ってない?どうだ、大丈夫か?


「まず、われら小佐々は上総介どのに敵対する意志は、まったくありません。大使館は肥前と京ではあまりに離れているゆえ、全権で常陸介を置いているだけにござる」。


「なるほど」

とうなずく信長。


「あと二つ」


「なんでござるか」


「撰銭と、献金にござる」


「撰銭・・・・、と、献金?にござるか」


「われら小佐々の大使館でもそうですが、『肥前小佐々屋』なる名前で様々な店を洛中に出しております。ああこれは堺湊でも同じですが、そこで永楽銭と鐚銭を交換しております」。


(なん、だ、と?)

そういう表情が見て取れる。明らかに驚きの表情だ。


「大した事ではございません。世の中、銭によるところが大きいですからね。銭の回りを良くすれば民も潤いまする。京の町が潤えば、朝廷も心安らかにございますでしょう。また、義父上も喜びまする。わはははは」。


「撰銭は、まず形の良い永楽銭を良貨一文として基準銭としました。そして、宣徳銭など他の明銭は基準銭の二分の一の価値、破銭などは五分の一、私鋳銭は十分の一に分ける。それを両替します。それから商売をするには決まりが必要です。われらの店では、金一に対して銀十の重さが必要と決めました。そして銀五十匁が銭四貫文すなわち四千文です」。


「都中に店を構えておりますが、なかなかに好評でございますぞ。それから朝廷の祭事や行事、冠婚葬祭や修理修繕も含めて、今後はわれら小佐々がすべて賄う様にしております」。


「いかがでしょう?上総介どのが上洛された時、いろいろとご不便が生じるかと思い、せめて朝廷に関わる事はご心配に及びませぬよう、義父と相談したしました。ご安心ください」。


俺は努めて冷静を装い、笑顔で続けた。別に不利益になる事じゃない。しかし、民の小佐々への評判の良さや朝廷への影響力を考えれば、『余計な事を!』となるかもしれない。


しかし、ある程度抑制しておかないと。このへんのさじ加減が難しい。


「ああ、それから先日帝にも拝謁させていただきました。たいそうお喜びのご様子で。私も安心いたしました」。

俺は満面の笑顔で続けた。信長は、当然笑顔であるわけがない。


もちろん、正当な理由があってやめろというなら、止める。

しかしないだろう?支援をする、という人を止めるのだから。


そして、どう考えても地理的に織田と全面戦争なんてありえない。最悪義父上の身の安全を考えたら、脱出させて肥前でかくまう。そうなったら毛利を全面的に支援して勝たせるまでだ。長宗我部はわからん。親織田だったけど、反豊臣だったからな。


さて、言いたい事はいったし、義理は通した。もし貿易や諸々必要な物があれば、京都大使館を通して言ってきてもらおう。


・・・。念のため、一万人に増やすか?


俺たち一行は、岐阜城をあとにした。



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