第161話 第二回練習艦隊 琉球編

 永禄十年 十一月 琉球国 那覇湊 籠手田安経


 それにしても、心地よい。わかっていたが、さすが南国だ。十一月なのに寒くない。


 前回の親書のおかげで問題なく那覇港に入港できた。


 しかし前にも感じたが、なんだか活気がない。殿から聞いていた那覇の印象は、すなわち貿易で栄える琉球の姿なのだ。


 たくさんの人がいて活動しているのだが、覇気や熱気が感じられない。


 寂れているのか? 昔はそうだったが、何らかの理由で今はそうではない? 明の海禁政策の緩和が影響しているのかもしれない。


 海禁政策がなくなれば、公に民間の商人が貿易のために日本にくる。そうすれば、中継貿易をしている琉球は必要なくなる。


 しかし海禁政策の緩和はここ最近だ。他に理由があるのだろう。


 湊には明のジャンクもあり、日の本の船もある。おそらく薩摩の島津だろう。島津に対してあまり目立った事はしたくないが、そうも言っていられない。


 われわれは国交の樹立。貿易を行いたいのだ。


 今回の訪問で国王は無理でも、最低でも大臣には会いたい。前回親書を渡しているのだ。その気がないなら断ればいい。


 そうしないのは多少なりとも関心があるのだろう。


 上陸して担当役所にいく。通訳を介したやりとりになり、時間がかかるが仕方がない。


 鎖之側(さすのそば・外交と文教を司る官庁)の那覇地区の担当官が、上司の判断を仰ぐべく文をしたためている。


「日本からの外交の使者、籠手田安経と申す者が参りまして候。昨年と同じにて、この者、国交と御主加那志前との面談の希望これあり、いかように処すべきかたずねたく候」


 別にわしが見ても問題ないのだろう。椅子に座って隠すわけでもなくさらさらと書いている。


 なんと! 日ノ本の言葉、ひらがなではないか。漢字もある。


 琉球の言葉はまるでわからぬが、文は日本のひらがなを使っておる。これは発見だ。しかし外交文書としてはどうなのだろうか。


 明への文書は当然漢文だろうが、国内ではひらがなも使うのが一般的なのだろう。


 昨年、日帳主取(ひちょうぬしどり・鎖之側の次官役職)が代わった。同時に長官の鎖之側(さすのそば・官庁名と役職名が同じ)も変わったらしい。会っても良いとの事で、今回は話が順調に進んだ。


「遠路はるばるご苦労でした」


 次官の長嶺親雲上(ながみねぺークミー・正四品)と一緒に、長官の伊地親雲上(いじぺークミー・正三品)も笑って出迎えてくれた。


 これは好感触か? まずはこちらの要望を伝え、琉球の国情と合うようなら通商を求めたい。


「とんでもありません。お時間をいただきありがとうございます」


 わしも笑顔で返答する。この二人は首里周辺ではなく、地方の一般士族の出身で叩き上げの正三品と正四品だ。


 伊地親雲上は四十代、長嶺親雲上は三十代後半だ。かなり優秀なのだろう。一般士族でそこまで上り詰めるのには相当な努力と実力、それから運に政治力も必要らしい。


「ひとつお聞きしたいのですが」


 長嶺親雲上が聞いてくる。


「なんでしょう」


「首里の湊にとめてある船ですが、どうみてもポルトガルの船のようです。形、大きさ、帆や大砲もすべてです。あれはポルトガルの船で、ポルトガルの人間が操っているのですか?」


「いえ、違います。我々が作り、我々が操っています。乗組員も全員日の本の民です」


「なんと! !」


 二人とも、にわかには信じられないようだった。今までの和船とは全く違うのだ。それを日ノ本の人間だけでつくり、動かしているとなれば、驚きもするだろう。


 国内での航行は、肥前以外では我々以外ほとんどやっていない。しかし薩摩の南を通り日向の東を抜け、四国の南側から堺湊へ向かう航路は開拓している。


 二人がなにやら小声で話している。しばらく話し込んだあと、話しかけてきた。


「貿易をご希望でしたね。詳しくお話を聞かせてもらえませんか?」


 なにやらトントン拍子に話が進んでいるぞ。


 では詳細はこちらから、とわしは隣にいた貿易の担当者に言った。


「まずは輸入品ですが、琉球からは琉球ウコンや朱粉、琉球紅型や絣などの染め物や織物、螺鈿などです。こちらは大量に輸入したいです。あわせて、明の海禁政策が緩和されたとは言え、倭寇の兼ね合いがあり、油断できませぬ。それゆえ中国産の絹や絹織物、陶磁器などもお願いしたい」


 おおお、と感嘆の声が漏れる。


「こちらからは、そうですね。たくさん品目はあるのですが、石けん・椎茸・澄酒・味噌・醤油・酢・鉛筆・菜種油・鯨油・椿油・綿花・綿布・金などございます。また、ご要望があれば、鉄砲・火薬・大砲なども可能です。こちらは都度相談にはなりますが。もちろん、刀剣他日の本の産物であればなんでもご用意できます」


 二人は驚きを隠せない。


「火薬!? 原料となる硝石は日の本にはないのでは?」


「ご安心ください。独自に入手しています」


「なるほど。驚きました。しかし火薬はどちらかと言えば、こちらからの輸出品でした。失礼しました」


 聞けば琉球は中国だけでなく、日本はもちろん朝鮮とも交易を行っていたようだ。しかし倭寇の影響で朝鮮との交易はなくなった。


 以前はシャム・ジャワ・安南・スマトラ・パレンバン・マラッカ・パタニ・スンダなどの南蛮とも交易を行っていたらしい。


 しかし明の琉球に対する朝貢貿易の優遇措置の廃止で流通量が減ったのだ。


 明からの輸入量の減少は、すなわち輸出量の減少。純粋にそれが国力の低下につながっている。


 貿易船は明が製造して琉球に下賜していたが、それがなくなった。


 その後はなんとか明の造船所で自前で作ってやりくりしたが、どうにも出来なかったようだ。費用負担増と収益減で船は小さくならざるを得ず、それが拍車をかけた。


 今はシャムにしか交易船を送っていない。ポルトガルなどの競争相手が増えてきた事も、原因のひとつと考えられる。


 いずれにしても琉球にとって、われらとの商いに利はあっても害はない。


「実は朝廷内でも、この問題は喫緊の課題となっています。内輪の話はしたくはありませんが、貿易の相手とその量が増えるのは大歓迎です。朝議にかけて決裁をいただける様に計らいます」


 長嶺親雲上が言った。


「ありがとうございます」


 どうやら二回目の訪問で国交樹立となりそうだ。もともと薩摩とは交流があったようだし、堺・博多・南九州の商人もきていた様だからな。


 しかし薩摩の動向には要注意だな。今の取引先であろうし、問題が起きない様にせねば。


 数日後、那覇湊に国交樹立の祝砲が鳴り響いた。

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