第100話 惟明、帰還する

小通り砦 龍造寺隆信


「それで、これまでの事は水に流し、こたび我らに助力し、以後は我らに従うと?」

静かに、見定める様にじろりと眺めながら、口に出す。


目の前にいるキツネ目の男は、武雄城主の後藤貴明である。

「は、左様にございます。こたびの須古城攻め、有利かとは存じますが、我らが加わればさらに威容は増すかと。」


ふむ、ふむふむふむ。

「それで、なにが望みじゃ。」


「は、願わくば本領安堵。それから、山城守様のご助力なしに、我らが単独で得た土地は、切り取り次第でよろしいでしょうか。もちろん、仰せとあらばすぐに参上し、加勢いたしまする。」


「それは・・・・我らに従う、のではなく、同盟に近いのではないか?今、我らがそなたと盟を結ぶ利はあるか?直茂、どう思う?」


「・・・。良いのではないでしょうか。」

(利は、後からどうとでもなります。肝心なのは、武雄の後藤が我らの傘下に入った、その。後藤が五分の盟と思おうが、どうでもよろしゅうございます。)

(それに、切り取り次第、と申しておりましたが、そんな暇は与えねばよろしいのです。連戦につぐ連戦で、すり減らしてやればいいのです。何も我らが約束を反故にした事にはなりませぬ。)


「あいわかった。そなたの申し出、受ける事にいたそう。」


若干挙動不審であった貴明の顔が緩む。しかしその喜びも束の間。


「申しあげます!弥二郎様、ご謀反にございます!」


なにいいいいい!

貴明の、叫び声とも悲鳴ともとれる声がうるさく響いた。


「どうしたのだ、伯耆守どの、謀反とは・・・?」


「いえ、その、あの・・・。」


「まあよい。遠慮せずとも、帰って対処すると良い。」

「ありがたき幸せ!ではこれにて!」


貴明はあいさつもそこそこに出ていった。


「同盟相手としては、いささか力不足ですね。」

「そのようだな。この様な時に謀反されるとは。」


二人は鼻で笑いながら、どうやって平井を降すかを考えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

武雄城下への道中 北方町から高橋村へ入ったあたり 武雄領内


おのれ!おのれおのれおのれ!あやつめ、謀反だと!許さぬ!許さぬぞ!


後藤貴明は怒髪天だった。今まで忠実な息子であった惟明が、大村領へ攻め入ったはずの息子惟明が、謀反したのである。


許せるはずがない。勢いにまかせ馬をとばす。付いてこれない兵は置いていく。それほどの速さであった。やがて、八並村へいくため川を渡ろうとしていた時だった。


ずだだだだだーん。


銃声が響いた。周りをみると兵士がバタバタと倒れている。それを見た追いついてきた兵士は我先にと逃げ出す。


おい!逃げるな!


そう叫んでも逃げる兵士はあとをたたない。すでに二~三百程度に減っている。


「義父上。大変ですな。虎の子の兵にも逃げられるとは。餞別です。どうぞ。」

惟明は縄でしばった義母と義弟、そして数名の侍女と家臣を放り出す。


「おのれ!貴様このような事をして、ただで済むと思っているのか!!!」


「済むかどうかはわかりませぬが、武雄には義父上の戻る場所はありません。」

後ろから内海政道と福田丹波が出てきた。


「いや、さすがは勝手知ったるなんとやら、ですな。城を落とすのに一刻もかかりませんでしたぞ。わははは」

二人は笑う。惟明は真面目な顔をしている。


「義父上、いや、貴明よ。貴様には育ててもらった恩がある。戦国の世とは言え、養子で入ったこの私を、ここまで育ててくれたのには礼をいう。」


「しかし、昨今の貴様の振る舞いはなんだ。龍造寺と相対する為に須古から私の嫁を迎え、平戸が弱ったと思えば態度を変える。大村を攻めたと思えば須古を攻める。節操がないではないか。」


「もう何も言う事はないが、次に会うのは戦場であろう。半刻やる。どこへなりとも去るがいい。」


貴明の反論は認められなかった。いや認められたとて、それがなんになるのだろう。事実、もうここは、後藤貴明の領地ではなくなっていたのだ。

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