第99話 人は城、人は石垣 俵石城攻略戦②

肥前 鶴城 


なに?降伏するだと?


「はい。文字通り、無駄な抵抗はやめまする。その代わり、私も含め、城兵ならびに城下の領民たちの安全を、保証お願いいたします。」


純賢は驚いた。そう言ってくるのは鶴城城主長崎純景である。しかも、一戦もせずにだ。


「何か魂胆でもあるのか?わしを謀るつもりではないだろうな?」

疑うのは当然であろう。純賢の眼の前の男は、大村純忠の義理の息子なのだ。


「とんでもありません、謀るなどと。しかし信じられぬのも、無理はありませんね。大村純忠は私の義父であり岳父であります。しかし、昨今のなさり様、我慢の限界をこえ申した。父祖より続くこの長崎の地を、イエズス会に差し出せなどと。」


「それゆえ降伏したのでござる。私の降伏はすなわち深堀様の利になりますが、それすなわち大村純忠の損にもなり申す。」


「わははは!さようか。純忠はもう駄目だな。義理とは言え、息子に裏切られるとは!それもこれも、キリストに傾倒した己が悪いのよ!」


純賢は高笑いをする。笑いしか起きぬのであろう。


(これでわしは長崎周辺を手に入れた。兄者次第で、大村など恐れる事もない。)

そう純賢が思った時だった。


「申し上げます!」

伝令が走り込んできた。


「なんだ!」


「俵石城が、小佐々軍に砲撃を受けております!」


「なにい!」


「よし!水軍にすぐ触れを出せ!小佐々とはじかに戦った事はなかったが、深堀水軍の強さ、思い知らせてくれるわ!」


「女子供は逃がせ!兵は誘導せよ。それが終わり次第城の防備にあたれ!」


純賢は自ら陣頭で指揮をとるべく、駆け出した。その後に、純景が続く。


(この時期に攻めてくるなんて、先代のときには考えられなかったな。今の三城の状況は伝わっていないのか?純忠から援軍要請は届いてないのだろうか?)

至極もっともな事を、純景は考えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

俵石城沖合 横島と黒島の中ほど 小佐々海軍艦隊旗艦 艦上


(なあ、つまんねえよ。)

(何が?)

(こんなの戦じゃねえよ。反撃はねえし、こっちから撃ってばっかりじゃねえか。)

(何を言うんだ。これは立派な戦術だ。その名も、アウトレンジ!)

(あうとれ?また訳のわからん事をいう。)


「天守は狙うなよ!石垣、土塁を狙え!」

天守を攻撃したのは最初の数発だけで、あとは全部狙って外している。


「敵艦隊、こちらに向かっております!あ、殿!」

初めての実戦で興奮している新兵が、左舷見張り所から大声をあげて、純正の姿をみると平伏しようとする。


「良い。戦時に敬礼はいらぬ。もちろん平伏などせぬともよい。」

は!っと見張りの新兵は言い、配置に戻る。


そして、


沖ノ島と本土間の大中瀬戸を、深堀水軍が小佐々海軍めがけて突っ込んでくる。


「よし来た!全艦隊対艦戦闘用意!目標三百三十度、向かってくる深堀水軍!」


「逃げるぞ。」


は?

艦隊司令である深沢義太夫は素っ頓狂な声をあげた。


「と、の、今なんと?」


「何度も言わせるなよ。復唱せよ。全艦隊反転、当海域から離脱する。」

義太夫はぐっと拳を握りしめ、復唱し、艦隊を反転させる。


「殿!小佐々は戦わずして逃げておりますぞ!口ほどにもない!」

(何を考えている?逃げる必要などないではないか。何か、あるのか?)


しばらく様子をみていたが、小佐々艦隊が戻る気配はない。諦めて純賢は艦隊を反転させた。しかし北側の湊に入るため先程通った水道を渡りきった時、


「殿!小佐々です!海上から城を砲撃しています。」

また水兵が叫ぶ。


「おのれ!姑息な!」

追いかけて、逃げられる。退却すると、また攻められる。追いかける、逃げられる。


そうした光景が何度か続いた後、

「殿!あれを御覧ください!城が、城が!」


純賢は半島の小高い丘の上に築いた自らの居城、俵石城に、旗をみつけた。


「なんだあれは!あれは、小佐々の家紋、七つ割平四つ目ではないか!」


俵石城は陥落した。


「城が、城が・・・。何という事だ。やつら、味方に向けて大砲を撃っておったのか?正気の沙汰ではない!」


(では、なぜ逃げたのだ。あの様な砲があれば、我らなど粉微塵に叩き潰す事ができただろうに。いや、今はそれどころではない。どうする?城は落ちた。水軍は無傷とはいえ、陸の兵は捕らえられているか殺されたはず。)


純賢が思い悩んでいると、陸から一艘の小舟が近寄ってくる。


「あれは?あれは大村瓜、そして十字の旗指し物。純忠の・・・!兄上は、兄上はどうしたのだ!?」

小舟は近寄り、一人の武将が乗り込んでくる。


「久しいの。深堀殿。おや、長崎殿もいるではないか。」

長崎純景は一礼した。


純賢の前には大村純忠の重臣、一瀬栄正がいた。


「何の用だ。兄上はどうした?兄上は負けたのか?」


「その通り。我らが戻り、城の兵と挟み撃ちにしてやった。純堯はたまらず、ちりじりになって伊佐早に逃げ帰りおったわ。」

一瀬は得意げに言う。


「そこで我らは深追いはせず、こちらの事があったので、急いで参った次第じゃ。・・・どうやら、分が悪いようじゃの。そこで、和睦といたそうではないか。」


「なに、そう固く考える事はない。大村家と深堀家は義理の兄弟の仲、こたび行き違いがあったとはいえ、憎しみの根は深くないはずだ、と殿も仰せである。」


「もしかして弾正大弼殿の事を気にしておられるのか?心配はいらぬ。こたびは我らの要請で助力願ったのだ。目的は達したゆえ、帰っていただく。何も問題ないはずだ。」


(和睦は・・・それは願ったり叶ったりだが、それにしても、純忠が棄教しない限り、状況はかわらんぞ。わかっているのか?)

上機嫌でまくし立てる栄正を前に、純賢はとまどっている。


しばらくして、もう一隻小舟が接舷した。

乗っていたのは弾正大弼純正と艦隊司令深沢義太夫である。


「おお!これはこれは!弾正大弼殿!ご苦労でござった!」

栄正は純正に近寄り、両手で握手をしながら言う。


「ご心配なさらずとも、すでに和睦は相成り申した。これで無駄な被害はでませぬ。良かったですな。いやあさすが小佐々海軍。沖にあるのは全部そうですか?壮観ですなあ。」


呑気にペラペラとよくしゃべる栄正に、純正は苛ついているようだった。


「ご使者どの、ご苦労でござったな。だが、なにか勘違いをしているようだ。」


「勘違いとは?」


はああ、とため息をついて、純正はゆっくりと、しかしはっきりと伝えた。


「俺は別に来たのではない、深掘をきたのだ。そしてここに来る前、そこにいる長崎殿も深掘に降伏した。つまり、その深掘をくだしたのだから、当然長崎も俺のものだ。あれを見ろ。」


純正が指さした先には強めの潮風にたなびく、七つ割平四つ目の旗があった。

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