第41話 戦乱の足音 藤原千方の報告

「千方か、入れ」


「はは」


 相手が千方だと無駄な話がない。性格が生真面目、ではなく、主従の関係がそうさせているのだろう。


「それで、どうであった?」


 言葉少なに聞く。


「は、されば先日の曲者ですが、やはり針尾伊賀守の手の者に間違いございません。昨年の針尾城の戦いにおいて割譲した二ヶ村を、取り戻すべく動いておりました」


 ふむう、それで武力に訴える前に、俺の手足をもぎに来たのか。


「南蛮船の横瀬浦誘致の件は漏れておらぬだろうな?」


「は、それは間違いございません。ただ、開港前はもちろん、開港後であっても要人が立ち寄る事もござれば、厳重な警備が必要にございます」


 要するにこれから特に気をつけろって事だな。


「では、今のところ兵を動かす気配はない、と見て良いな」


「は、佐志方杢兵衛の牽制が効いておりますれば」


 いずれ折りをみて、決着つけないといけないな。


「平戸はどうだ?」


「平戸に関しましては、相神浦松浦、波多も同じですが、目立った動きはありませぬ。ただ、平戸は宮の前事件の痛手が大きく、南蛮船を呼び戻そうと躍起になっております」


 情報を聞き漏らすまいと真剣に聞く。


「しかしながら覆水盆に返らず。教会の焼き討ちに宣教師の追放、今回の殺害事件と戻る要素がありません。教会を立て直すとの意向を南蛮側には伝えているようですが、今のところ、横瀬浦、鹿児島、平戸の中では、わが横瀬が一歩抜きん出ております」


「そうか」


 当たり前だ! そう簡単に戻ってもらっては困る。人が死んでいるんだ。それから平戸には、なぜか今後イスパニア、イギリス、オランダの船が寄港する。


 なんでだろう。いっその事、そいつら全部かっさらおう。できない事ではないはずだ。平戸からは貿易の利権を全部奪おう。


「後藤はどうだ?」


「それにつきましては、気になる事がひとつ」


「なんじゃ」


「は、後藤貴明は嬉野の塩田城を攻め、原直景を降伏させておりまするが、その後妙な動きがございます」


「妙な動きとは?」


「豊後の大友義鎮と、頻繁に文を交わしておりまする。おそらくは同盟の意図があるのではないかと」。


「大友と後藤が同盟?」


 うーん、と俺は考え込んだ。お互いに同盟を組むメリットはなんだ……?


 敵の敵は味方……共通の敵……。


 龍造寺か!


「千方! 龍造寺の動き、何かつかんでおるか?」


 さすがです、と言わんばかりに千方が口を開いた。


「はい。龍造寺は宿敵の山内惣領、神代勝利を倒しております。神代勝利は家臣とともに落ち延び、波佐見の内海城に身を隠しているとの事」


 波佐見に? 一度会っておいたほうがいいかもしれぬな。


「龍造寺はこれまでに周辺の国人を次々に降し、少弐氏の旧臣馬場氏や横岳氏までも降伏させています」


 うむ、とうなずく。


「このたび神代勝利を波佐見に追いやって、ほぼ東肥前を統一したかのようですが、それでも少弐氏滅亡後に大友方となった国人領主や、龍造寺に反抗する諸勢力がおりまする」


 なるほど……。さて、どうするか。


 相手に生殺与奪の権利を与えてはならない。それすなわち、相手と同等かそれ以上の力を持っていないといけないのだ。


 今はまだこの肥前の中で、松浦だ大村だ後藤だ、と言っているが、秀吉以前の問題だ。


 これから先この九州の地で、三強にのし上がった龍造寺に、松浦も後藤も大村も有馬も宇久も、全部従属しているではないか!


 大友は大きすぎる。島津は遠い。じゃあ消去法で龍造寺を潰すしかない。三強の一角に食い込むのだ。


 まずは神代勝利を支援して、三瀬城への復帰を後押ししよう。そして龍造寺に対抗させて、西肥前はおろか、東肥前も統一できない様にしよう。


 チャンスは今しかない。今を逃すと雪だるま式に龍造寺の勢力が膨れ上がるのだ。それから、今後のために大友とも誼を通じておこう。


 仮に後藤が大友と結んでも、おそらくは龍造寺対策であろう。しかし万が一矛先が我らに向かった時に、助勢をされない様に先手を打っておかねばな。


 それにしても、……やはり千方、仕事ができる。

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