第23話 九郎と勘解由 蛎浦の海戦⑤

 未の正刻(午後二時ごろ) 沢村政忠


「ぐあっ!」

 親父が左腕を抱えて膝をついた。


 二発目の弾は俺を狙っていたようだが、船が揺れるとの同時にかがんだので当たらなかった。


「父上!」


 俺は親父を抱え、破ったはちまきを傷口にかぶせると、脇を圧迫してきつく縛る。


「大事ない! はあはあ」。

 平静を装っているが、明らかにやせ我慢だ。痛いに決まっている。


「おのれ!!」


 安宅船の船楼上を見ると、火縄でまだこちらを狙っている。俺は親父を抱えたまま敵を睨んだ。怒りが収まらない。


「もはや大勢は決しておる。小佐々の船のもとへ。それから南側の利三郎たちを西側から迂回させて、瀬戸の北側を塞がせよ」


「はは!」


 小佐々水軍が陣をはっている南側へ着くと、叔父上たちはもういなかった。先回りして迂回、北側を抑えにいったようだ。


「はは、鬼の兵部小禄もそんな顔をするんだな」


 と小佐々純俊。


「当たり前だ。大体くるのおせえんだよ! いだ!」


「それだけ元気なら大丈夫だな。まあ、あとは任せろ」


「おいしいところだけもっていきやがる。ああ、小佐々どの」


 小佐々弾正純勝が近づいてくる。


「そのままで。よく持ちこたえてくれた」。


「なに、たいしたことはありやせん。敵は松浦九郎信親。副将は一部勘解由のようです」。


 はあはあ、と息を吐きながら答える。


「隆信の命で弟を、ぐ! もともとは港への襲撃だけのようでしたが、信親が先走ったようです。勘解由がいなければ、もう少し早く片が着いたと思いますが」


「よい、もう喋るでない。ゆっくり休め」。


「ありがとうございます。これに控えましたるは、息子の……」


 いない!


 ■松浦軍 旗艦上


「九郎様! この船はもう持ちませぬ! 今ならまだ間に合います。小早に乗り移り、残った兵とともに逃げましょう!!」


 いたるところで火の手が上がり、煙がもうもうと上がっている。船は傾き沈みかけており、いつ沈んでもおかしくない。


「逃げるだと!? 俺は逃げるのを良しとしない。たかが小佐々の沢森ごときにこの俺が……」。


「その油断がこの結果! まだわかられぬか! 生きてこそ! 生きてこそ再起もあります!」


 勘解由が信親の両肩をつかんで説得しているその時、


「たああああああああああああいーーーしょおおおおおおおおおくーーびぃー!」


 艦尾からそう叫んで、勘解由の正面に斬りかかってきた武者がいる。


 深沢義太夫勝行である。


 とっさに信親を押しのけ、「お逃げください!」と叫ぶと、切りかかってきた刃を受ける。


 重い。


「小僧! やるではないか。名は?」


「小僧ではない! 深沢義太夫だ!」


 ガキン! と音をさせて二人とも後ずさる。そして再び斬りかかり数合打ち合っていると、ひゅうううん、ひゅうううん、と音がして、


「ぐは!」


 間を置かずに、


「う!」


 勘解由と、いまだ逃げ切らぬ信親の声。


 どこからだ? 一瞬周りを見渡して、瀬戸の南側の小佐々軍船の船楼にたっている武者が目に入る。

(百間はあるぞ。何者だ?)


 肩に刺さった矢を抜いて怯んでいる勘解由に、勝行は襲いかかる。


 一方で、あたりを見回して、鉄砲手が見当たらないのがわかると、いつの間にか乗り込んでいた政忠は、鬼の形相で信親に襲いかかる。


「沢森当主が嫡男、平九郎、推して参る!!」


 全身の毛が逆立ち、血が巡り、目が血走っていた。


 無我夢中。トランス状態といってもいいかもしれない。父親を撃たれた恨みが何倍にも増加しているのだ。


 突然、船が急激に傾いた。そのとき、勝負はついたのかもしれない。


 四人とも体勢を崩したが、信親が倒れて政忠が覆いかぶさった時、その拍子に信親の脇腹に政忠の刀が刺さったのだ。


「ぐあ!」


 偶然とはいえ、政忠はそのままの勢いで、力を入れて押し込む。信親の顔が苦痛にゆがむ。


「がはあ!」


 沈黙した。


 勘解由は矢の当たりどころが悪かったのか、血が止まらない。最初は優勢に運んでいたが、次第に押されている。


 信親の叫び声に気を取られた一瞬のスキを、勝行は見逃さなかった。


 肩の付近に鮮血がはしる。


「ぐ、ぐうううう。おのれまだまだあ……」


 しかしもう、どうする事もできない。


 足をすくわれ、力で抑え込まれると、勝行に喉元を押さえられる。


 ごき、ごきゅ、ぐき、と鈍い音がした。


「沢森城主 沢森兵部小禄が嫡男、平九郎政忠、松浦九郎信親を討ち取ったり!」


「本郷城主 深沢義太夫勝元が嫡男、義太夫勝行、一部勘解由を討ち取ったり!」


 大将と副将が討ち取られたと知るや、残りの兵はこぞって逃げ出そうとしたが、もはや烏合の衆であった。


 北側を塞いでいた利三郎と忠右衛門の隊に討たれるか、捕虜、溺死、焼死のいずれかとなった。

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