第2話 なぜかクラスカーストど底辺の女子生徒と高確率で遭遇する②

 うずくまっていても何も始まらない。

 むしろ、遅刻することは変に目立ってしまうので、それだけは避けなくてはならない。

 ならば、さっさと準備をしたうえで、学校に向かうのが良い。

 私はそう結論付けると、部屋で制服に着替える。着替え終えると、そのままの足で洗面台の前に立ち、髪のお手入れをする。

 髪にシュッシュッとスタイリング用のヘアウォーターをミスト状で振りかけると、ドライヤーとくしを使って丁寧にストレートにし直す。そして、それを後ろで二方向に分けるとそのままゴムで結う。

 そして、黒縁の眼鏡を掛ける。

 鏡には先ほどまでのクリッとした瞳の女のことは似ても似つかぬ、何とも陰気な雰囲気の女の子が映っている。

 こうすることで、私は目立たない女子高生となる。

 私はカバンを肩から掛けると、そのままドアを開ける。

 そーっと顔を出すが、お隣りさん……藤原くんが出てくるような気配は感じられない。

 そもそも普段よりも少し早く出ようとしているのだから、当然かもしれない。

 本来ならもう少し遅く出て行っても、学校には十分に間に合う。

 何なら、目立たないようにするには、学校の朝の時間のギリギリで間に合えば、他の子たちと触れ合うことも少ないのだから。

 私はドアを閉めると、そのままエレベーターに向かい、学校へと出発した。




 案の定、私は早く到着してしまう。

 教室に入ると、そこには運動系の部活動に所属しているクラスメイトが、朝練を終えて、教室に戻ってきた感じの様子だった。

 私はドアの入り口で小さくお辞儀をすると、そのまま自席に向かうことにする。

 仲のいい友達というものは、そんなにいない。

 まあ、せいぜい、同じクラスメイト、それも勉強ができる人……と思われているくらいだ。

 だから、宿題で分からなかったところを質問しに来ているという感じの関係だ。


「あ、北条さん! おはよ~」

「お、おはよう」

「今日は早いね!」


 陸上部に所属している宮沢さんがこちらに向かって来る。


「うん。何だか、早く起きちゃって……」


 彼女とは席が近いというだけの付き合い。何度か話をしたこともあるけれど、別段、勉強以外のことを話したことはない。

 体よく言えば、学年で成績の高い私との関係を持ってくれているといった感じで、それ以上のプライベートは詮索しないのが、私にとって心地よかった。


「ちょうどいいや! 昨日の数学の宿題でどうしても解き方が分からないところがあるんだよね。今訊いてもいい?」

「ええ。構わないですよ」

「さんきゅ~!」


 そう言うと、宮沢さんは自席からタブレット端末(ここに教科書やらノートが入っているのだ)を取り出してくる。

 ここ、光玄坂学園高校は世の中でいう進学校という位置づけだ。

 しかも、特進コースともなれば、東京大学や京都大学といった超難関校にも進学する先輩が多いと聞く。

 だから、部活動だけにのめり込んでいたら、進学コースにクラス変更を余儀なくされてしまうし、親御さんも黙ってはいないだろう。

 宮沢さんは私のところに来ると、質問を聞いてあげる。

 彼女は何度となく質問を受けているので分かるのだが、勉強を毛嫌いしているわけではなく、基本的なことはきちんと押さえている。ただ、応用となると、その問題を解くための組み立て方をミスをする傾向があって、どうしても、正解に届かないのである。


「ほら、ここをこういう風に条件を仮定して、この条件を満たすための、ここに必要な数字を計算することで、この計算式が成立して、問題が解けるようになるんです」

「おおっ! さすが北条さん! 解説が神がかっているくらいわかりやすい!」

「いえいえ、そんなことないですよ。宮沢さんの理解力が早いんです」

「はぁ~、勉強ができるのにここまで謙虚! しかも、私みたいにできない生徒に対しても、優しく接してくれるなんて本当に女神だよ~」

「そ、それは……言い過ぎですよ!」

「ん? そう? まあ、私にとっては女神様なんだよ。また、教えてね!」

「はい。構いませんよ」


 時計を見ると、あと5分ほどで予鈴がなる時間だ。

 私は予鈴前に、一度トイレに向かった。

 トイレの個室にこもると、藤原くんがまだ来てなかったことが気になりだした。

 どうして彼のことを気になりだしたのか分からない。

 ただ、なんとなく気になってしまったのだ。


「ど、どうして私が彼のことを気にしなくてはいけないのでしょう……」


 彼とはクラスメイトという認識はあったけれど、それ以上のつながりはなかった。

 そもそも異性との付き合いはその程度のものにしている。

 中学生の時のトラウマがあるからだ。

 だからこそ、男性とは距離を置いている。なおかつ、今のような容姿にするようになってからは、男子生徒も不用意に私に近づいてくることがない。

 やっぱり、可愛い子が男の子にとってもいいのだろう。

 個室から出て、手を洗うと、眼鏡に誇りが付いていることに気づく。

 それを払うために眼鏡を外すと、そこにはクリッとした瞳の私の顔がある。


「眼鏡一つでこんなに変わるんだなぁ……」


 もちろん、周りから声を掛けられないように容姿だけでなく、表情もどちらかというと、無表情に徹している私にとっては、そこで溜まったストレスのはけ口が家での素の状態なのだけれど……。

 まさか、素の状態を藤原くんに見られるなんて……。

 もちろん、それが私であることはバレていないのだから問題ないのだが……。

 私は眼鏡を掛けなおすと、教室に戻った。

 ちょうど予鈴が鳴り始め、みんなが席に着こうとする。

 と、その時であった。

 隣のクラスから来ていたであろう女子生徒の不注意で私が跳ね飛ばされてしまった。


「きゃっ!?」


 倒れそうになる私を男子生徒がタイミングよく手を伸ばして、支えてくれた。

 かろうじて、私は机の角で頭をぶつけずに済んだ。


「ご、ごめんなさい! 急いでいて……」


 女子生徒は平謝りをするが、私は咄嗟のことで驚きを隠せず、小さな声で、


「き、気にしていないので……」


 というと、俺の方に向き、これまた小さな声で、


「ありがとうございます」


 とだけ言うと、自席に戻っていった。

 ま、まさか、支えてくれたのが藤原くんだったなんて……。

 背中に少し彼の手のぬくもりが残っていた。

 だけれど、それ以上に高鳴る心拍数に自ずと私は顔を赤らめてしまい、それを隠すのに精いっぱいなのであった。

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