戦闘の背景
「この度は申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉を述べる十六夜薔薇さん。
流れるような土下座は、妙に様になっていた。
街中での騒ぎの一件の後、事が事だけに、アヤさんとはレストランで別れることとなった。
案内をお願いした身にも拘らず、こちらの事情で彼女の厚意を無下にしてしまった形だ。
非常に申し訳ないと思う。
アヤさんは笑って許してくれたけど、これの埋め合わせは必ずすると心に決める。
……前回も同じように考えた気がするが、おそらく気のせいだろう。
なお、料理の代金と破損したナイフとフォークの弁償は、至福のひとときを台無しにしてくれた張本人に任せた。
要職に就いているんだし、これくらい、どうとも思わない稼ぎをしているだろう。
そして、第二騎士団のデキる団員が手配した馬車に十六夜薔薇さんと相乗り。
彼女の屋敷に向かう馬車の中は、お通夜のような空気だった。
馬車に揺られること数分。
到着した十六夜薔薇さんの屋敷は、ゴシック調の大豪邸だった。
お付きのメイドや執事など、多数の使用人たちに迎えられた後、屋敷の一室に案内され――
――そして、今に至る
頭を下げる十六夜薔薇さん。
いや、今はローズさんだっけ?
本来であれば、レストランで彼女が俺に剣を向けた時点でアウトだ。
あれが人目に付かない場所であれば、即刻始末していた。
ただ、ローズさんに何かしらの、のっぴきならない事情があることも理解している。
事実、彼女は俺を捕縛する方向で戦っていたことが、アビリティの狙っていた部位からも明らか。
最後は熱くなったのか、思いっきり殺そうとかかってきていた気もしなくはないが。
それに、彼女の謝罪には誠意を感じる。
情状酌量の余地は大いにあるだろう。
さて。
考えるのはこのくらいにして、そろそろ返事を返そう。
「もういいですよ。何か理由があったんでしょうし」
「ありがとうございます」
慣れない正座がキツかったのか、ローズさんが涙目だ。
それに、声も若干震えている。
多分、凱旋から帰還した時の鎧姿のままで、土下座の姿勢が思ったより辛かったんだろう。
僕に恐怖していた訳ではないと思いたい。
***
ローズさんが落ち着くのを待ってから、尋問を始める。
「それで、どうして十六夜薔薇さんがこの世界に来ているんですか?」
「な、どうして私の……え⁉」
どうやら、ローズさんは僕が転生者だとは気が付いていなかったようだ。
分かりやすく動揺している。
本当、こんな人でも第二騎士団の団長に就任できる現地人の実力は大丈夫なのだろうか?
再びローズさんが落ち着くのを待ってから、お互いに情報を交換する。
まず、十六夜薔薇神姫の中の人としての彼女は、元の世界で他界しているらしい。
というのも、ライブ配信中に狂ったファンに凸され、包丁でメッタ刺しにされたそうだ。
これは
本人は「防音環境をちゃんと整えておけばよかった」と嘆いていた。
その後、気が付いたらプレイヤーキャラの姿でこちらの世界に居たそうだ。
それから『ルーナ・ラ・パセス=ローズ』として活動していく中で、いつの間にか第二騎士団団長の座まで登り詰めたらしい。
久々にキャラ名をフルで聞いたが、改めて厨二全開の壊滅的なネーミングセンスだと思う。
「まさか、こんなことになるだなんて……転生した当初は考えてもいませんでしたわ」
「ゲーム始めて一年ですからね」
「ええ、最後のゲーム配信でようやくレベル500を超えたばかりでしたのに」
レベル500なら、中堅に足を踏み入れたくらいだ。
ここから少しずつアビリティのゴリ押しが通用しなくなっていき、プレイヤースキルを上げていく段階。
あと1ヶ月、ローズさんがゲームをプレイして腕を上げていたのなら、僕も危うかったかもしれない。
……そんなことないか。
だってローズさんだし。
簡単なフェイントに引っ掛かって、絶叫してそうだ。
「貴方はどうしてこちらの世界に?」
「僕は病気でこちらに来ました」
「それは……」
「別に気にしてませんよ。今はここで、楽しくやっていますから」
それにしても、僕とローズさんの違いは何だろう?
ローズさんはゲームのプレイヤーキャラクターで転生。
対する僕は、現実と同じ肉体で転生。
何か理由が……それとも、死に方の違いだろうか?
ローズさんも僕と同じで転生者に遭うのは初めてらしく、情報を持っていないみたいだ。
お互いに自己紹介も済ませたことだし、本題に入ろう。
「それにしても、どうしていきなり剣を向けてきたんですか?」
「実は、ここ最近、妙な連中に付きまとわれているんですの」
ローズさん曰く、討伐作戦前に一度、討伐作戦中に二度襲われたらしい。
不意を突いての襲撃だったが、彼女のステータスを覆すほどではなかったらしく、三度とも撃退したそうだ。
「凱旋中にも襲われると思い、警戒していましたら、ステータスのおかしな方を見つけまして、それで――」
「襲撃者だと早とちりした訳ですか」
とばっちりもいいところだ。
それに、僕のステータスの何がおかしいんだろうか?
VITとMD未強化なだけの攻撃全振りステータスなだけで、それほど特殊なステータスをしていることもない。
「それで、貴方の本当のレベルはいくつなのですの? 私のアビリティを完封した腕を見るに、レベル800――」
「72ですよ」
「…………?」
「別に、偽装系のアイテムもスキルも持ってないですし。二週間前に初期装備で転生したって言ったじゃないですか」
「………………………………え??」
ローズさんがフリーズした。
再起動にたっぷり数十秒を要した後、赤面した顔を両手で覆う。
レベル差400の相手に完封されたことを恥じているようだ。
その前に、意気揚々と僕のレベルを800以上だと推察したのも、ダメージとして入っているらしい。
本当、どうしてこんな人が団長なんて務めていられるんだろうか?
この世界の住人のレベルやステータスが低いのか。
それとも、彼女の部下が優秀なのか。
……多分、その両方なのだろう。
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