タイムリミット


 けたたましく鳴り響く鐘の音。


 この音には聞き覚えがある。


――スタンピード


 モンスターの大群が町へと押し寄せ、それをプレイヤーたちが防衛するイベント。


 そのスタンピードの発生を知らせる警鐘だ。


 だけど疑問も残る。


 はじまりの町であるレーネは、その性質上【スタンピード】が発生しない。


 【スタンピード】はイベントの事前通達が無いため、初心者プレイヤーが多い町で行うと、ほぼ確実に防衛が失敗する。


 加えて、レーネをはじめとするいくつかの町は、そもそもモンスターの数が少ないという設定の町。


 過去、運営が【スタンピード】を実行した町には共通点がある。


 例えば、地形的にモンスターが集まりやすかったり、意味深な情報を提供するNPCを配置した町だ。


 やはり、レーネの特徴とは合致しない。


 これもゲームからの変更点だろうか?



「すみません、アラタさん。町の案内はここまでのようです」

「アヤさんはどちらへ?」

「私はギルドの職員なので、冒険者ギルドに向かいます。アラタさんはすぐに避難を!」


 冒険者ギルドに向かって走り出すアヤさん。


 彼女の背中を見送り、僕も走り出す。


 スタンピードが発生したとなれば、色々と準備が必要だ。


 店が閉まる前に武器屋へと急ぐ。


 大量のモンスターと戦闘すれば、武器の消耗も激しい。


 魔法系スキルや武器整備のスキルを取得していない今、武器を失えば戦闘手段が限られる。


 幸いなことに、資金は潤沢にある。


 【アイアンダガー】を6本と【アイアンスピア】を2本、そして予備として【アイアンソード】を1本購入する。


 スタンピードの勝利条件は二つだ。


 一定数の魔物の討伐による【防衛】。


 もしくは、ボスモンスターの討伐による【撃退】。


 だけど、レーネの町の戦力では【防衛】の可能性は限りなく低い。


 武器は最低ランクの《ブロンズ》と、その一つ上の《アイアン》しか購入できない町だ。


 当然、冒険者の質も高くない。


 町を守る設備も充実していない。


 偶然にも、今レーネには王国最強と謳われるテオさんがいる。


 しかし、彼は対モンスター戦闘ではなく、どちらかといえば対人戦闘に優れたNPC。


 彼のステータスなら、この町周辺に出現するモンスターなら鎧袖一触で薙ぎ払えるけれど、いくら強くても多勢に無勢。


 テオさんがモンスターを相手にしている隙に町の門は突破され、住民はモンスターに蹂躙されるだろう。



 おそらく、今回のスタンピードのボスモンスターは【ゴブリンキング】だ。


 亜人系モンスターの最上位にあたるモンスター。


 レベルは平均で100前後。


 ウォーツ大森林の最奥では、雑魚MOBとしてポップするが、最序盤の人間目線では化け物みたいなステータスを持っている。


 ああ、そうか。


 勘違いしていた。


 ここ数日、森に入った時にモンスターとの異常な遭遇エンカウント率。


 ゲームなら普通でも、実際にあれだけの数のゴブリンが沸いていたら、生態系に問題があると考えるべきだった。


 でも、今更後悔しても遅い。


 結局、スタンピードは起きる運命だったと割り切ることにする。


 鐘の鳴り始めた西門に向かって走りつつ、ステータスを更新する。


 【剣術】をレベル5

 【短剣術】をレベル3

 【身体強化】をレベル3

 【暗殺術】をレベル2


 これで火力不足やSTスタミナ不足を補うことができた。


 今のステータスなら、ゴブリンをはじめとする雑魚モブを一撃で倒せる。


 体力の多いゴブリンの上位種やオークなどのモンスターでも、【暗殺術】の《クリティカル判定強化》と《クリティカルダメージ強化》があれば、それほど苦労しないだろう。


 ただ、ゴブリンキングと戦うには、今のステータスだと心許ない。


 安全な討伐を考えるなら、少なくともレベル100相当の能力値が欲しい所だ。


 しかし、今からレベル100に上げるにはあまりにも時間が足りない。


 だから、《勲章アワード》を狙う。


 アワードの取得によるSPボーナスで、ステータスを強化する。


 幸い、今はスタンピードの真っ最中だ。


 取得できる勲章は山ほどある。



 ステータスの更新を終える頃、ようやく西門に到着した。


 門は一度破壊されたようで、急造のバリケードが組み立てられている。


 そして、バリケードの傍らには、侵入したであろう大量のモンスターの死骸やオーガの死骸が積み重なっている。


 他の門に回っている時間が惜しい。


 【身体強化】スキルのアビリティ『壁走り』で、壁を駆け上がる。


 スキルレベルが低いから、STの消費が激しい。


 けれど、たった数メートルの高さの城壁なら問題なく登り切れる。


 城壁の上から町の外を眺めると、そこには雲霞のようなモンスターの大群が押し寄せていた。


 その数は、目算だけでも1,000は下らない。


 そもそも、スタンピードは多数のプレイヤーが参加するイベントだ。


 これから出現するものを合わせると、万単位のモンスターがポップする。


 【防衛】までには3段階のウエーブがあり、おそらく今は【第1ウエーブ】。


 出現するモンスターの数は、ウエーブを経る毎に増えていく。


 その考えを肯定するように、ウォーツ大森林からはモンスターが湧き出し続けていた。


 最短で必要なSP分のアワードを取得し、モンスターの数が爆発的に増加する【第3ウエーブ】が始まる前にボスモンスターを倒す。


 ここからは時間との勝負だ。


 二振りのダガーを手に、城壁から飛び降りる――

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