番外編 踏み台令嬢の妹・6


 お姉ちゃんが生きてるって言われて、驚きとか、お騒がせな、とか色んな気持ちが込み上がってきたけど――一番強い気持ちは、安堵だった。


 良かったと、思えた。

 

 そしてソール様は学校に蔓延していたお姉ちゃんの悪評にも疑問を抱いてるらしく、お父様から話を聞いてるうちに私の中でも疑問が生まれた。


 私達以外にもイサ・アルパイン出身の生徒は何人かいるのに、何でお父さんはお姉ちゃんの悪評を全く知らなかったんだろう――とか。


 この2年間、長期休みの時に誰も親に『ウィロー家の令嬢が貴族学校でもやらかしてる』って言わないのは今考えてみれば不自然だ。

 それくらいお姉ちゃんの悪評は蔓延していたし、本人も騒ぎを起こしてる。


 お姉ちゃんの悪評が外に漏れないように誰かが口止めしている――あるいは、生徒達が意図的に外に噂を漏れないようにしている。


 他にもお姉ちゃんの悪評はよく考えてみるとおかしな事が多い。どうせお姉ちゃんのやる事だから、って思考放棄してたから違和感に気づけなかった。

 

 そりゃお姉ちゃんはウザいし、見栄を張る為にちょこちょこつまらない嘘をつく。 

 自分の自慢で相手を不快にしたり、迷惑かけたりしてる事に気づいてなくて指摘すると逆ギレしてくる所とか本当ムカつくけど――そんなお姉ちゃんを道化師ピエロ扱いされると流石に、泣けてくる。


 小さな箱庭で踊る道化師を見て楽しむ嫌な奴らと、それに気づかず私に当たり散らしたりしてくる馬鹿な人達と、気づいていても自分には関係ないと無視する人達


 ――そして私は、お姉ちゃんの言葉をまともに聞かずに受け流して、図書室に逃げた。


「私がもっと周りに目を向けてたら、おかしいって気づいてたら、お姉ちゃんは酷い目に合わなかったのかな……」

「いいや。敵は非常に狡猾だ。そもそもサリーチェが大人しくしていれば、目をつけられる事はなかったのだ。お前が気に病む事は何もない」


 私の後悔はお父様に優しく否定された。確かに、話を聞いている限り敵は凄く狡猾で、残酷だ。

 私一人が下手に動いたところで、お姉ちゃんと同じような目にあわされてたかも知れない。


 でも、悔しい――お姉ちゃんを貶めた人達が高笑いしているだろう事も、そんな奴らに私の学校生活を滅茶苦茶にされた事も。


「これからソール侯が全てを明らかにするまでサリーチェが死んだように振る舞う。これはソール侯直々の命令だ」


 お父様はお母様とサウセにも同じように伝えたみたいで、お姉ちゃんの偽の葬儀は皆無言で俯いてひっそりと慎ましやかに行われた。皆、大泣きする演技に自信がなかった。


 ただ、お父様が取材に来た新聞記者を本気で怒鳴って追い返した事で十分私達が悲しんでるとアピールできたみたいだ。


 そこから私達は沈黙を守り続けた。元々引きこもってたからそれの延長だと思えば全然苦じゃなかった。


 ただ、プラムさんにだけでもこの事を、私が今救われてる事だけでも伝えたい――って思ったけど、流石に侯爵様の命令に逆らう事は出来なくて。

 かと言って、プラムさんに嘘をつきたくもなくて。送られてきた最後の本を抱えたまま日が過ぎて。

 ようやくソール侯の襲爵パーティーでお姉ちゃんを陥れた人達が捕まった。



 そして踏み台令嬢の真実と共に首謀者達が新聞に載り、一応お姉ちゃんの悪評は取り払われた。

 一応、っていうのは、まあ――お姉ちゃんの普段の態度の悪さは認められちゃったから、過剰な悪評が取り払われたって言い方が正しいかも。


 それと同時にソール様がお姉ちゃんみたいなズケズケ物を言う、人にマウントを取ったり嫌な笑みを浮かべたりする人が大好きだと襲爵パーティーで叫んだらしく。


 <若侯爵は愛すべきお馬鹿さんがお好き>という記事に対してはもう何処から突っ込めばいいのか分からない――そう思ったのは私だけじゃなかったみたい。


 その日の朝食の時間、お父様は新聞をギュッと握りしめながら物凄く微妙な顔をして、お母様は重い溜息をついたけど――2人の表情はお姉ちゃんが死んだと知った時よりずっと良かった。


「お父様ー、侯爵様とサリーチェ姉様が結婚したら贅沢できるんだよね?」

「いいや。ソール侯を頼ってはいかん。ソール侯の機嫌を損ねてサリーチェが戻ってきたら大変だからな」

「えー!?」


 一人能天気に贅沢を楽しみにしていたサウセが不満の声を上げるもお父様は首を小さく横に振り、諭すような声を紡ぐ。


「侯爵様にサリーチェの面倒を見てもらえるだけで御の字だと思いなさい。贅沢したければ自分で頑張りなさい」

「頑張れって言われても……僕やっぱり学校行きたくないよ。お姉ちゃんみたいに集団イジメにあったら怖いし」

「二度とこんな事が起きないよう、ソール様が直々に対策を考えるらしいが……まあ、上位貴族と私達は確かに合わないのかもしれん……お前の好きなようにすればいい」


 お父様は私達を主都の貴族学校に行かせた事や今回の件で自分の判断に大分自信を失くしてしまったみたい。

 弱気な発言が多くなったなぁ、と思いながら2人のやり取りを眺めていると、目があった。


「……リウシュ、お前も学校には無理に行かなくてもいいのだぞ? こうなった今、お前にはあちらこちらから縁談が舞い込むだろうし……」

「ううん、私、学校に行く。もう心に決めた人がいるから」

「そうか……ん? 今なんて?」

「まあまあ、あなた……もうすぐ侯爵様がこちらに来られるんですから、早めに身支度を済ませましょう。リウシュは今のうちに出発の準備も済ませなさいね」


 そうだった。新聞のインパクトが強すぎてその事すっかり忘れていた。


 無事に復活したお姉ちゃんがお母様に<ソール様を連れて婚約の挨拶に行くから用意しておいて!>と手紙を送り付けてきたらしい。


 <それじゃあ貴方達が帰る時にリウシュも乗せていってね。馬車賃浮かせたいから>って返したらしいお母様もお母様だけど。



 そんな訳で――学校に戻る前にお姉ちゃんとソール侯が婚約の挨拶にやってきた。


 きらびやかな黄緑の馬車が家の前に止まり、一家総出で一番マシな服を来て出迎えると、馬車の中からお姉ちゃんが降りてきた。

 お姉ちゃんが着ているワンピースは遠目でも上質だと分かる。


「貧乏臭い家と家族かも知れないけど、あれでも頑張ってるんだから! 馬鹿にしないでよねっ!」


 続いて馬車を降りる人に向けてお姉ちゃんがしょっぱなから失礼な発言をするから一気に血の気が引く。


 だけど、お姉ちゃんが呼びかけた黄緑色の髪と眼の、超貴公子って感じの貴公子は全く引いた様子もなくお姉ちゃんに穏やかな笑顔を向ける。


「困ったな……サリーチェは私が服や家で人を差別する人間だと思っているのか?  まして大切な君の家族を」

「思ってないけど! なんか皆頑張ってるから私もフォローしてあげなきゃと思ったの!」

「そうだな。皆が頑張ってるのは君の為だ。お互いに恥をかかせまいとする心優しい家族愛に私も感動している」

「やめてよ恥ずかしい……! 家族の前でまで変な惚気け方しないでよぉ……!!」

「ははは、照れて悪態づく君は本当に可愛いな」


 すごい――何かすごい。お姉ちゃんが顔真っ赤にして困ってるの初めてみた。


 あの人が侯爵様――お姉ちゃんを助けてくれた人。


 上位貴族特有のオーラって言うのかな――纏う空気すら高貴だと感じる人、学校でも何人か見た事あるけど、流石に侯爵家となると高貴さのレベルが一段と違う。


 これは確かに、お姉ちゃんが私達のフォローに回ろうとするのも頷ける――皆して侯爵様のオーラに臆しながらも、応接間に場所を移す。



「え? アイスクリームなんて用意してたの?」

「侯爵様が来られるのに普段の茶菓子なんぞ出せんだろう……と、リウシュが自分の金で用意したのだ」


 女中さんが運んできたお菓子にお姉ちゃんが目ざとく反応し、お父様の返事に視線が私の方に移る。


『……何のつもり?』


 お姉ちゃんの警戒心はバリバリだ。まあ今まで私がこういう事した事無かったし、私が侯爵様に取り入ろうとしている、と思ってるんだろうなぁ。


『……私、お姉ちゃんの言葉少しも信じてなかったから。そのお詫び。あの時の事も含めて、色々ごめんなさい』


 生きてるなら、ちゃんと謝ろう――食べてしまった分もちゃんと返そうと思っただけなんだけど、これは私の自己満足かも知れない。


 ううん、かも、じゃない。これは、私の自己満足――そう思えば『こんな物で許されようとか馬鹿じゃないの?』とか、言われても受け流せる――と思ってたんだけど、お姉ちゃんはちょっと困ったように眉を顰めながら


『……ま、反省したなら良いわ』


 謝罪は意外にもすんなり受け入れられた。

 いや、謝ったら割りと受け入れるの早いのは知ってたけど――嫌味の一つも言われないまま受け入れられたのが意外過ぎて、それ以上言葉が出なかった。


 そして――お茶をしている間もお姉ちゃんはお姉ちゃん節全開で、失礼な言葉が飛び出る言う度にヒヤヒヤしたんだけど、そんなお姉ちゃんを見つめる侯爵様の優しい微笑みは凄く温かくて。


(ああ……侯爵様って、本当にお姉ちゃんの事好きなんだ)


 そして悪態づくお姉ちゃんを一層温かな目で見てる侯爵様に新聞の記事は出任せじゃなかったんだな――とちょっと引いてしまった。


(それにしても、見た目しか褒める所がないお姉ちゃんがこの領地で一番良い男と婚約するなんて……)


 でも、悔しいって気持ちは全く沸かなかった。だってお父様が言ってた通り、侯爵様がお姉ちゃんを養ってくれる間、私達に負担がかかる事は無い訳で。

 お姉ちゃんの将来を心配する事も無くなる。


 正直、お姉ちゃんの面倒なんて見たくない。だけど、不幸になって欲しい訳じゃない。私達に一切負担をかけずに幸せになってくれるなら――それが一番いい。


(でも、自業自得で色々酷い目にあったり、馬に踏まれたり、ほぼ暗殺成功してる状態からでも掴める幸せってあるんだなぁ……)


 そんな事を思いながら、あっという間に時間が過ぎていく。

 二人が主都に戻るってなって一緒に家を出ると、お母様がお姉ちゃんに呼びかけた。


「それじゃあサリーチェ、元気で……あ、そうだ、これ」

「あっ……! こ、こんな所で渡さないでよ!」


 お母様がお姉ちゃんに差し出したのはハンカチ――お姉ちゃんはそれを慌てて掴んでポケットに無造作に突っ込んだ。

 その後、何か言いたげに私の方を見て――フイッと背を向けて、馬車の方に走り出した。

 ソール様も不思議そうに小さく首を傾げた後、お姉ちゃんの後を追いかける。


「……あれ、貴方が7年前にあの子にあげた守護刺繍のハンカチよ」

「え」


 お母様の呟きに思わず声を上げる。あのハンカチ、てっきり捨てられたものだと思ってたけど――お母様、取っておいてくれたんだ。


「今回の一件であの子も大分成長したみたいね……ソール様には本当に感謝しないと……誰が何を言っても貴方に謝らなかったあの子が私伝いとは言え『ごめんねって言っといて』って……」


 お母様はそっとハンカチを取り出して目元を抑えた。それを見て私も何だが心が凄くくすぐったくなってきた。


「じ、じゃあ私も行くね! お母様、ずっと心配かけてごめんなさい」

『いいのよ……リウシュ、貴方が心に決めた人も、いつか紹介しに来てくれるの楽しみにしてるから』


 朝食の時にお父様の追求を遮ったお母様に、優しい眼差しで見つめられる。


『……ソール様みたいに地位がある人じゃないんだけど、いい?』

『大丈夫。その時は私が「リウシュまで地位のある人と結婚したら私の精神が持たない」ってあの人を説得してあげるから。まあ、あの人も同じ事思ってそうだけど……』


 そう言われてチラ、とお父様を見ると、侯爵様相手によっぽど緊張していたのか汗を拭いている。


『ね?』


 確かに、あの様子なら――お父様からも強く反対されない気がする。


 心強い味方に見送られながら、黄緑の馬車に乗り込んで――ちょっとハンカチの事追求しようかな、と思ったんだけど。


(……ま、反省したなら良っか)


 ごめんね、って人伝えでも言ってくれたんなら、それでいい。



 そして、私は学校に戻った。


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