第20話 友達

 ラルフがナイジェルの元へ向かってから、半刻ほど経った頃……



「ねぇねぇアンリ〜。」



「ん〜?どうしたのニアちゃん?」



 ニアはアンリの膝の上で、猫のように丸くなっている。



 アンリもそれを受け入れて、ニアの頭を撫でている。



「アンリさんの母性が尊い……」



 その光景を眺めながら、自分もアンリに頭を撫でられたいとケントが羨ましがっている。



「おいニア〜!そろそろ俺と代われ〜!」



「アンリの膝は私のもの。」



「ずるいぞ!俺だって撫でられたい!」



「アハハ……それにしても、マインが戻ってこないわね〜?」



 アンリはケントの願望に若干引きながら、マインが新しいお茶菓子の用意に向かってから中々戻って来ない事を気にしていた。



 すると、アンリの部屋の扉が開く。



「あらマイン!遅かったわね!心配したのよ〜?」



「ア……アンリ様……」



 お茶菓子の準備に退室していたマインが戻ってきた。



 だが、どこか様子がおかしい。



「マイン!?どうしたのその傷!」



 マインの腕からは大量の血が流れており、今にも倒れそうなくらい息が上がっている。



「お逃げくださいアンリ様……あの女が来る前に……」



「あの女って誰のこと!?ねぇ!マイン!」



 そう言い残して、マインは倒れて気を失った。



「マイン!」



 アンリはマインの元へ駆け寄ろうとするが、ニアとケントがそれを制止する。



「アンリ、動かないで。」



「これはヤバいかもな……アンリさん、後ろに下がっててくれ」



 ニアとケントは戦闘体制をとる。



 その直後、一人の女がゆっくりと扉を開けて侵入してきた。



「ふぇぇん!私のおもちゃが壊れちゃったぁ!」



 その姿は色白で背は小さめ。



 そして黒髪に二つ結び、ピンクのゴスロリ服を着ている。



 そして何より異様な雰囲気を醸し出しているのは、その手に握られている包丁だ。



 その女は、恐らく刃渡り30cmはあろう柳刃包丁を大事そうに握っている。



「誰だお前!マインさんに何をしたんだ!」



 ケントはその女の異様な雰囲気に警戒を強める。



「この娘はマインじゃない!ベッキーよ!」



 女は怒りの表情でケントに向かって叫んだ。



「な……何を言ってるのこの子……」



 そこに倒れているのはマインであり、ベッキーではない。



 幼少の頃からマインと一緒にいるアンリには明白だった。



 アンリが女の異様さに戦慄していると、女が口を開いた。



「ベッキーとはね、十分前くらいにそこで出会ったの!それでね、ベッキーってとっても可愛くて綺麗でしょ?だから私のお友達にしちゃおって思ってベッキーって名前を付けたの!そしたら私はマインですって言うからね、言う事聞かないと王女様が死んじゃうよ〜ってサクッとしたんだ!そしたらアンリ様には手を出さないでくださいって泣いちゃって大変だったんだよー!」



「ケント、こいつやばい。」



「あぁ、頭のネジが百本は外れちまってんな……」



 目を見開きながら、口の両端が耳まで届きそうなくらいの笑みを浮かべながら話す女。



 更にその内容は、常人の理解できるものではない。



「あなたの目的は何?はやくマインを放しなさい!」



 アンリは女に目的を尋ねて、マインをこちらに渡すよう要求する。



「ふぇぇん!だからこの娘はベッキーだって言ってるのにぃぃ!」



 アンリの言葉を聞いて、女はその場で泣き崩れた。



「な……何なのこの子……」



 女の行動の意味が分からない故に、たじろぐアンリ。



 ニアとケントも同様に、女の目的が分からずにいた。



「ふぇぇん!もういい!どうせビカラの話なんて誰も聞いてくれないんだ!」



 すると突然、ビカラは右手に握っている柳刃包丁を自身の左手首に向け出した。



「おい何してんだ!やめろ!」



 ケントはビカラの意味不明な行動を制止しようとする。



 しかしケントの制止を無視して、ビカラは泣きながら自身の左手首を柳刃包丁で切り裂いた。



 その瞬間、ビカラの左手首から鮮血が吹き出す。



「へへへ〜、スッキリ〜!」



 流れ続ける血を見ながら、ニヤニヤとした表情を浮かべるビカラ。



 三人がその光景に呆然としていると、異常事態が発生する。



「おい、ニア……その手首どうした……!?」



「ん、なにが……いッ!?」



 ケントとニアが驚くのも当然。



 なぜか攻撃を受けていないのに、ニアの左手首から血が流れていたのだ。



「ケント君……あなたからも血が……!」



「え?あれ……!?いってえええ!なんだよこれぇぇ!」



 それになんとニアだけでなく、ケントの左手首からも血が流れている。



「アンリ、大丈夫?」



「ごめんなさい、私もやられちゃってるみたい……」



 アンリは右手で左手首を押さえており、ドレスの左腕部分が血に染まっていく。



 なんとこの部屋にいる全員の左手首から、何故か血が流れ出したのだ。



「これってシェアハピってやつだよね〜?私の痛みを共有してくれたんだよね〜?」



 ビカラは頬を赤く染めながら、恍惚とした表情で三人と同じ傷が出来たことを喜んでいる。



「またお友達ができて嬉しいな〜!みんなにも名前をつけてあげるね!う〜んとぉ……小さくて可愛いあなたはルナ!男の子のあなたは〜……決めた!ジャックよ!後ろの綺麗なお姉さんはオリヴィア!素敵なお名前〜!」



「ヤバすぎるぜこいつ……」



「ガクブル……」



 ビカラの凶悪性を垣間見た三人は、この頭のおかしい女を相手にどう戦おうものか頭を悩ませるのであった。

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