第8話 血族編(七)葬式

 葬式は近くの寺で盛大に行われた。お寺を借り切ったようで、お堂は葬式の間と控えの間をパーテーションで区切られている。葬式の間の祭壇は、ひつぎが見えないくらいの花束で覆いつくされていて、祭壇を中央にして八の字に広がるように遺族が座る席が並べられている。坊さんが読経をはじめると、とたんに人気の料理店のような焼香しょうこうの行列となった。


 母、姉の順で三番目の席に着いた達也は、知り合いと目を合わせることのないように、うなだれたままお経を聞いていた。兄の胸のなかで泣いていた母も、参列者の前では気丈にふるまい、喪主として堂々と挨拶あいさつをしていた。


 隣の控えの間には、ビール、日本酒、寿司などがテーブルの上に豪華にふるまわれている。達也の会社の人達は、何の事情も知らないため、まるで宴会のように騒いでいた。それに激怒したのか坊さんが、見るに見かねて説教をしていた。


 借金を残して自ら命を絶った父親の葬儀は、もう少し質素なもので良かったのではないかと達也は思っていた。母親には金銭感覚が無頓着むとんちゃくなところがあり、生前父もそのことについて苦悩していたようであった。必要もないのに家を改築したり、ベランダを取りつけたりしていたことについて、「心苦しい」という言葉を日記帳に残している。


 参列者が帰った後、達也は境内けいだいをひとりで歩いた。十月の下旬で夜が更けると肌寒い時期であったが、レンタル業者から借りた喪服は十分暖かかった。すぐに用意することが出来なかったため、瘦身そうしんの達也の体格に合う喪服がなく、二まわりも大きいサイズは不格好に見えたかもしれない。しかし、今はそのような些細ささいな事を気にとめる余裕はなかった。


 辺りは漆黒しっこくの闇で、月の明かりに照らされた樹木がうっすらと連なっている。境内は、木の葉のささやきもなく深閑しんかんとしていた。


―どうして―


 達也の心のなかで、その言葉が幾度となく反芻はんすうしていた。



 葬式が終わってからも、父の会社の社長と生前父と懇意こんいであったことから、中山家との取り次ぎをまかされた営業担当の坂井さんが頻繁ひんぱんに中山家を訪れた。


 自殺した場所についてまで家族は気にしていなかったが、会社の敷地内で首を吊ったということは、原因が会社側にあったのだろうと社長は思っていたようだ。家に来ては言い訳めいたことを何度も言い頭を下げていた。退職金制度のない会社であったが、「これは退職金です」と言って、申し訳なさそうに仏壇に供えていた。


 坂井さんは、会社側には責任がないと言わんばかりに、社内旅行に行った時の写真を見せて懸命けんめいに説明しようとしていた。


「中山さん、本当に楽しそうでしたよ」


 その写真には社内旅行の宴会で、料理や酒をのせたお膳を前にして楽しそうに笑っている父の姿が写っている。


 会社の女子社員から嫌われていて、陰で父の悪口を言っていたといううわさを耳にしたが事実かどうかわからない。


―どうして父は会社の敷地を選んだのだろう―


 自宅の庭には納屋がある。もし理由が会社内にないのなら、自分が父であったら自宅の納屋を選ぶだろうと達也は思っていた。とはいうものの遺書があるわけでもなく、他に心当たりがないことから家族の間では、ギャンブルで借りた借金の返済に行き詰ったのだろうという結論に達した。


わずか百万円の借金で死を選ぶなんて、一言でも相談してくれれば何とかなっただろうに、若い頃から寡黙かもくな人だったからねえ」と英子伯母さんが嘆息たんそくをもらしながら話していた。

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