第7話 血族編(六)通夜

 お通夜の日、昼に父方である中山家の長男とその妻が、夜には母方である四谷家の長男が自宅を訪ねて来た。しかし、両家の我が家に対する態度はあからさまに異なっていた。


 中山家の長男は、家に上がると挨拶あいさつもせずに、「あんちゃん」と言いながら達也の所へ歩み寄って来て、何やら用紙をスーツのポケットから取り出して達也に見せた。達也がその用紙に書いてある内容を見ると、金五十万円、利子年六パーセントと記入してある。父親が家を建てた時に長男から金を借りた借用書だった。


「これは無しにしてやるからな」と父の兄が言うと、居間から少し離れた台所に達也を連れ出してその借用書をビリビリに破り捨てた。その用紙が借用書だとは知らなかった達也には、何のことだかさっぱり分からない。どうして母親に渡さないのだろうと思っていたが、その理由はすぐに察することが出来た。


 借用書を破り捨てた父の兄の態度を見て口をだしたのは母親であった。


「生前お父さんは、その金を返さなくていいと兄から言われたと言っていた」

「そんな約束はしていない」

「いいえ、確かに聞きました」


 父の兄は、


「何だこのあま」


 と突然怒鳴りだして、部屋のなかは一瞬静まり返った。それでも、頑強がんきょうな母親は、断固として譲歩しようとしなかった。達也はこの場をなんとかしのごうと思い、土下座して謝ったのである。


 中山家の長男とその妻は、怒りを鎮めることなく家を出て行ったが、母は愚直ぐちょくな性格であったので、母の言っていることが真実なのだろうと達也は思っていた。同席していた母の姉である英子伯母さんもあきれていた。


「お通夜の日に借用書を持ってくることもないだろうに、それに兄弟間で利子をとるなんて、四谷家じゃ利子なんかとらないのにねえ」


 日が暮れて間もない頃になると、富山から上京した四谷家の長男が達也の家に到着した。四谷家も頑固一徹がんこいってつで気性が荒い点では中山家と類似していた。長男を頂点として親族内に縦社会を築き、憤怒ふんどすれば怒号どごう雷鳴らいめいのごとく鳴り響いたのである。ただ、人情が厚く豪胆ごうたんな点においては、中山家とはまったく異なる気質であった。


 母は実兄である長男の胸の中で泣いていた。それから英子伯母さんも交えて世間話をしはじめた。三人が顔を合わせるのは、実に二十年ぶりのことのようである。達也と姉に対しては、快活かいかつな冗談を言って励まそうとしていた。


 母親の兄が二階の部屋に寝入ると、笑い声も途絶え、父の遺体が置かれている寝室は静寂せいじゃくに包まれた。母親が達也の隣で精気を抜かれたように座っている。達也は、お通夜のため線香を絶やさないように努めた。

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