あれから半年の間に…… ②

 レファスが、とある自動扉の前で立ち止まると、開閉パネルに手をかざしてその扉を開けた。


 無機質な扉が続く研究棟の中にあって、そこだけが豪華な扉であったことから、そこが王女の……ボクの体がある部屋なのだということはすぐに分かった。


 軽やかな音を立てて開いたその扉の奥に、レリーフが美しい天蓋付きの豪華なベッドが一台、設置されているのが見えた。


 (ここに、ボクの体が……)


 そう思うとなぜか急に、怖いような……逃げ出したいような……そんな気持ちに襲われてしまった。


「や、やっぱり今日は……」

「さあ! ガーレリア、心の準備は良いかい?」


 日を改めてもらおうとレファスに話しかけたボクの言葉は、レファスの楽しそうな声によって掻き消されてしまった。


 多分、ボクが逃げ腰になってしまうことを見抜いていたんだろう。


 とりわけ明るい声でそう言ったレファスは、ちょっとふざけた感じにかかとを軸にしてクルリと振り返ると、ホテルのドアマンのような仕草でボクに入室を促しながら、ニッと笑ってウインクを飛ばしてきた。


 レファスは笑顔をキープしているけど、その瞳が『ダメだよ? 逃げたりしちゃ!』と如実に物語っている。


 レファスがかもし出す妙な圧力に、何故だろう……既視感きしかんを感じる……


 (?……レファス様のこの雰囲気って……あっ、)


 どこかで感じたことがあると思ったら、ボクが擬似体に入った時の……レファスがボクの翼のストレッチを強行したあの時の雰囲気にそっくりだ!


 ボクが、一時休止や休憩を要求しようとも、最後までその手を緩めることのなかったあの時と同じ『こうと決めたら最後までやり遂げる』という、揺るぎない気合いがヒシヒシと伝わってくる。


 ということは、ここでボクが何を言おうとも、レファスの心は既に決まっているってことだ。


 (ゔぅっ……日を改めることは無理そうだ……)


 ボクは、覚悟を決めるとゆっくりと室内に足を踏み入れた。



 ◇◆◇◆◇



 室内の半分ほどを占める巨大な天蓋付きのそのベッドは、現在、カーテンが二重に下されていて、中の様子を窺い知ることはできなかった。

 だけど微かに聞こえる息遣いから、確かにそこに ”誰かが居る“ ということは分かる。


 (何だか、不思議だな……転生で与えられる『下界人の体』以外にボクに『体』があったなんて……さすがにそんなこと思いもしなかったよ……)


 ボクは、柔らかそうなカーテンを見つめながらそんなことを考えていたが、突然ハッと閃いた。


 (あ! もしかしてっ!? ボクが転生を繰り返しても、ずっ〜と記憶を持ち続けていられた理由って、ボクの『本体』がここにあったからなのでは!?)


 根拠なんてのは無いんだけど、でも、そう考えると辻褄が合う。

 何だか、長年の謎が解けたみたいで、少し気分がスッキリした。


「ヒルダ、休眠中悪いね? ちょっと起きてもらえるかな?」

「……レ……ファス……様……?」


 レファスがカーテン越しに中の人物に声をかけると、カーテンの向こうから少し話しづらそうな声で返事が返ってきた。

 そして、布ずれの音がしたかと思うと不意にカーテンが開いた。


 その時、白くてほっそりとした手が見えたんだけど、ボクは反射的に俯いてしまった。


 (ぬわぁぁ、ちょっと見えちゃったっ! ちょっと待って! やっぱりまだ心の準備がっ……)


 咄嗟に視線を下げたから見えたのは肘から先だけだけど、とても繊細で女の子らしい手だった。

 …… 本当に……ボクの体で合ってる?


「ガーレリア、紹介するよ、彼女はガーレリアの『心臓』を担ってくれているヒルダだ。……ヒルダ、この子がボクの娘のガーレリアだ」

「……ガー……レリア……様……ヒル……ダと申し……ます」


 ここに来て『やはり、何かの間違いでは……』と、心配になってきたボクをよそに、レファスは『心臓』役のヒルダにボクのことを紹介した。


 ヒルダは、やはり話しづらそうに、それでも精一杯に舌を動かしながら、ボクに挨拶してくれた。


 (体から拒否反応が出始めているのかな?……動かし難いだろうに、こんなに一生懸命挨拶してくれたんだから、ボクも礼を尽くさないといけないよね……)


「……は、初めまして!」


 ボクは思い切って視線を上げると、スッと背筋を伸ばし、真っ直ぐにヒルダを見つめながら挨拶をした。


 視線の先にはレファスと同じ艶やかなプラチナブロンドに、アルによく似た煌めく翠眼すいがんを持った美しい顔立ちの少女が、焦点の定まらない目付きで座っていた。


 声を上擦らせながら挨拶をしたボクの方に、ゆっくりとヒルダが視線を動かした。


 そしてボクはヒルダと……『ボクの体』と目があった途端……


「ッ!?」


 ……謎の浮遊感に包まれたかと思うと、その視線に吸い込まれるように意識を失ってしまった。


「ガッ!? ガーレリア!?」


 レファスの慌て切った声が一瞬だけ聞こえたが、これが擬似体で聞いた最後の声になった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「うぅん、……ここは……?」


 ボクは、四方をレースのカーテンに囲まれた不思議な空間で目を覚ました。


 どことなく見覚えのあるカーテン。そのカーテンの隙間から差し込む細い光を見つめながら、微睡まどろんだ頭で記憶を辿たどった。


 (……あぁ、そうだ……)


 寝ぼけていて少し時間がかかってしまったが、ここが『天蓋付きの巨大なベッドの中』だということに、ボクはやっと気が付いた。


 (……そういえば、ボク、倒れちゃったんだっけ……)


 その時のことをぼんやりと思い出しながら最高級の枕に顔を埋め、二度寝を決め込もうと寝返りを打った……のだが……


「んん〜………………ん?…………あああっ!」


 ……やっと、自分の状況を把握して、ボクは急いで布団から跳ね起きた。


 (な、何でボクがここで眠っているの? 確かにボクは倒れちゃったけど、ここには『ボクの体』に宿ったヒルダさんがいたはずなのに……)


 いくら何でも『一番近くにあったから』なんて理由で、ボクを『ここ』巨大ベットへ寝かせたわけじゃないはずだ。


 (ええっと、あの時どうなったんだっけ……確か、ボクは……)


 ヒルダの、焦点の定まらなかったその瞳がボクを捉えたその瞬間、今まで感じたこともないほどの強い引力に引き寄せられた気がしたところで、ボクの記憶はプツリと途切れてしまっている。


 (ま、まさかっ……!)


 ある可能性に気がついたボクは急いで自分の体を見下ろした。


 (……こ、これは……)


 ボクがそこに見たものは、パステルブルーの寝心地の良さそうなワンピースタイプのパジャマと、そこから伸びる白くてほっそりとした手足だった。


 (これは、ヒルダさん (ボクの体) が着ていたパジャマだ。それに、この手足……ということは、やっぱり!?)


 居ても立っても居られなくなって、ボクは乱暴にカーテンを開け放った。


 すると、ベッド脇の椅子でうたた寝をしていた女性が、ビクッと体を震わて目を覚ますと慌てた様子でボクに問いかけてきた。


「!?……ガ、ガーレリア様っ!? いかがなさいましたか!?」

「ご、ごめん!」


 状況的に見て、白衣を纏ったこの彼女は、ボクに付き添ってくれている医師で間違いないだろう。


 だけどボクは返事もそこそこに素足で床に降り立つと、入り口近くにあるバスルームへと飛び込んだ。


 (ボクの予想が当たっていれば……)


 そんな気持ちで、ドキドキしながら洗面台の鏡を覗き込んだ。


 すると、やはりというか何というか……

 鏡の向こうには、ビックリしたような顔でこちらを見つめ返している、あの時の美しい顔立ちの少女がいた。

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