☆天界の王女の行方②

「がっ、ガーラ……。君は確か『ギラファスと契約を交わした』と言っていたね?」


 レファスは酷く神妙な面持ちのまま、突然、ギラファスとの契約についての話を振ってきた。


 そうだ! ここではっきりと、ギラファスが降伏しているってことを説明しておかないと!


「はっ、はい! そうです。ギラファスはボクの信じゃっ……はわっ!」


 レファスの質問に素直に答えていたのだが、ボクの脳裏に突然、——


 (もしかして、『王者の洗礼スキル』で信者にするこの方法って、人道的に禁じられたモノだったりして!?)


 ——という考えがよぎってしまった。


 あわわわわ! どど、どうしよう!? もし、これが犯罪行為とかだったら……

 と、とりあえず、無難な言い回しで何とか……


 そう結論を出したボクは、『王者の洗礼』の名前は出さない方向で話を進めてみることにした。


「あっ、いや、その、えっと……、部下? そ、そう! 部下みたいな感じで契約しちゃって! ……いえ、そのっ、ふ、不可抗力と言いますか、無意識のうちと言いますか……」


 我ながら、悪あがきをしているという自覚はある。

 あやふやな言い方で説明してみたけれど、レファスのことだ。きっと『王者の洗礼』のことはバレてしまっていることだろう。


 青い顔をしながら判決が降るのを待っていたが、レファスは「そうか……」と短く返事を返しただけで、再びギラファスへと向き直ってしまった。


 (えっと? これはつまり、『お咎めは無し』って事でいいのかな?)


 ホッと胸を撫で下ろしたボクとは対照的に、レファスは相変わらず緊張状態を維持しているように見えた。


 レファスは大きく深呼吸をすると、スッと天を仰ぎ、その晴れ渡った青空を眺め始めた。


 やがて、覚悟を決めたかの様にギラファスに顔を向け——


「ギラファス。念のために聞くが……、僕の娘の魂はどうなった?」


 ——と、繊細で、デリケートで、非常に答えづらい質問をした。


 (いぃぃぃっ!? 今、それを聞いちゃいますかぁぁっ!?)


 表面上は、何とか神妙な面持ちをキープしていたが、内心では大慌てだ。


 さすがに『現在は行方不明になっていて、おそらく消滅してしまった可能性が高いです』なんて、とても言えない!!


 確かに、その問題から目を逸らせないことは分かっている。どんなに辛くても、何時かは知らせなくちゃいけないってことも分かっている。

 だけど……


 ボクはレファスの傍らまで歩み寄ると、服の裾を軽く引っ張ってレファスを呼んだ。

 ちょっと驚いたように目を丸くしたレファスと目が合った。


「あっ、あの……、その、レファス様。……その話は一度、天界に帰ってからにしませんか?」


 話の流れを変えるべく、窺うように上目遣いに話しかけると、レファスの指先がピクッと痙攣したように動いた。


「そ……う……だね…………」


 レファスは、何故かボクのことを食い入るように見詰めていて、ボクの問いかけが聞こえているのか、いないのか。

 『心、ここにあらず』といった感じに、生返事を返してきた。


 しかし、言質は取った!


 (よし、このまま天界に帰ろう! 後は、フィオナさんに間に入ってもらって、なるべくショックを与えないように伝えてもらえれば……!)


 そう思っていたのに——


「レファス様、王女様の魂ですが——」


 突然、ギラファスが王女の話を蒸し返した。

 ヒィッ!? せっかく話を逸らせたのにーーッ!?


「ギラファスッ!? その話は天界に帰って——」

「良い、続けてくれ……」


 レファスがサッと手を上げて、ボクの言葉を遮りながら、ギラファスに続きを促すよう、視線で合図を送った。


 そこまで意思表示されては、さすがに、これ以上口を挟む事ができない……


 一体、ギラファスは何を言い出すのかと、ハラハラしながら二人の会話に耳を傾けた。


「レファス様、おそらく貴方は、薄々勘づいておられるはずだ」

「っ……!!」


 ギラファスのその言葉を聞いて、レファスは息を呑んでビクリッと体を震わせた。


 か、勘づいているだってぇ!?

 それは、レファスが『王女の魂が消滅してしまった可能性が高い』ことを察している……ってこと!?


 レファスはくぐもった声で「それじゃ、やはり……」 と呟くと、小刻みに震え出し始めた。


 うわぁ……、とても見ていられないよ……。


 無慈悲な宣告に打ち震え始めたレファス。

 その姿がとても痛々しくて、ボクは堪らず目を逸らしてしまった。


「ちなみに、当人は察しが悪く、その事実を未だに認識していない。今も的外れなことを考えているはずだ。レファス様もご存知だろうが、隷属の反射攻撃を受けかねないから、我輩の口からは主人の出生(個人情報)について語ることができない。よって、レファス様から、そのことを本人に伝えていただけると我輩としても助かる」


 ギラファスが、突然よく分からないことを言い出した。


 (……ん? 当人? あ、あれ?)


 急に話が見えなくなって、今までの世界観が根底から覆された様な錯覚を覚えた。


 隷属の反射攻撃なんて物騒な単語も聞こえたし、何が何だか分からない。

 今、ボクの頭の中は疑問符だらけだ。


 首を傾げながら考え込んでいたボクの視界いっぱいに、突然レファスの姿が写り込んできた。


 (ん? え?)


 突然、ボクの目の前に立ち塞がったレファス。

 疑問を抱く間も無く、次の瞬間、ボクはレファスに飛びつくような勢いで抱きすくめられていた。


「ガッ……ガーレリアァァ!!」

「ヒイィ!! だ、誰ですかぁぁ!?」


 レファスが『ガーレリア』なる謎の人物の名を呼びながら、ボクのことをギュウギュウと強く抱きしめてきた。


 途端に、天界政府の研究室ラボで、擬似体に入った時の出来事が脳裏に甦った。


 これは…… デ、デジャブーーッ!?


 こうしてボクはしばらくの間、レファスの腕の中で強烈な既視感に苛まれながら、ジタバタともがき続けることになるのだった。

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