第二十三話
着実に追い詰めていく燈火に、ついに烏水達は本性を現し始めた。
「……裏切ったな、秋花」
「おや? それは認めたってことかにゃ?」
「黙れ!」
余裕がなくなった烏水を楽しそうに揶揄う燈火。
「バカなことを! 僧正坊様の恩を仇で返すなんて、今のお前はどうかしている!」
「兄者」
感情的に物申す烏水に対し、秋花は至って冷静だった。
「魔が刺したわけじゃない。もう、潮時です。ここで手を打たないと、天狗達は間違いなく壊れてしまいます」
「人間のお前に天狗の世の何を理解しているというのだ! 裏切り者の燈火を手引し、僧正坊様を憚った罪、いくらお前とて看過できぬ!」
「秋花が手引をしたんじゃない。私から手を組まないか声をかけたんだ。要するに、反撃の狼煙の準備をしていたのは、我々だけじゃなかったんだ」
「燈火ァ、貴様ぁああぁああぁああ!!」
怒号を上げ、まさに天狗面のように険しい表情で僧正坊は燈火と秋花を睨みつけた。
「秋花!! よくも! 長年可愛がってやったというのに! 依頼者に楯突くとは、これは契約違反ではないか!!」
「それは違うよ、僧正坊」
彼に待ったをかけたのは菫だった。
「私達はまだお前の依頼は実行中だよ。8年前、私達に百足討伐の依頼をする時、お前は『百足を根絶やしにしてほしい』と言った。百足の正体は、お前の体液を摂取した人間の少女達。百足の根絶やしには、僧正坊の体液を摂取させないようにすることが必要不可欠。その手伝いを四郎達は手伝ってくれると言った。お前の願いの為に、お前を葬る必要があるだけのこと。貴様の依頼を反故にしたわけじゃない。依頼の仕上げに来てやったんだ」
「何じゃと!!」
「僧正坊様」
そこでついに、天照大御神が動き出した。
「妾の預かり知らん事が多えようで。ようも暴れてくれたようじゃのう?」
「!!」
最早説明するまでも、一見するだけで誰もが分かる。
大御神の顔は怒りが満ち溢れ、感情的になるあまり、口調もつい出雲弁に変わっている。
その怒りが自分に向けられたものではないと承知していても、不要に言葉を溢しただけで無差別に殺されてしまいそうなほどの殺気だ。
「知らぬ。儂は知らぬぞ! 百足が元は人間の娘? そんなことあるはずが」
「どうして私が百足を斬ることができたか教えて差しあげましょうか」
「申してみよ、娘」
すると秋花は、腰に差していた自分の刀を刀身を剥き出しにして僧正坊の前に放り投げなた。
「その刀、実は妖刀でも何でもないただの刀です」
「なに!?」
「元は人間なのです。貴方の妖力によって、神通力や妖力に対する防御力が増しただけ。ご存知の通り、神や妖の肉体はただの刀では倒せません。しかし、元の肉体が人である百足ならば、その道理からは外れます。要するに、人が手がけたただの武器でなければ百足は倒せない。逆に言えばただの武器を持てば誰でも殺せます」
「なら何故たった3名しか殺せぬと偽りを」
「これを知った時点で貴方に裏があることは知っていました。依頼を切られないようにするための仕込みです。希少性を付ければ我々に継続的に依頼すると……菫が」
「やっだ! 私が言ってた? 天才?」
「天野様から聞いたって」
「違うんかい」
天野は、秋花達が棲まう山の神であり、百足退治にと僧正坊に彼らを斡旋した張本人である。
「いや~。私も自分の立場を揺るがしかねない、危険な賭けに身を投じているものなので。何せ、人間をこちらの問題に巻き込む上、貴方を追い詰めるには人間と私の関係性の開示が必然となります。生半可な詰め方で逃すなどあってはならない。私にも神として守るものがありますので。秋花達を切り捨て、見て見ぬふりをすることも考えましたが、それよりも彼らを山車に使う代わりに貴方の首を晒す方が、咎めよりもお釣りがくる。失敗をしないだけでいいのであれば、徹底的に追い詰めれば良いこと。だから知恵を貸したまで」
子どもの容姿に、幼さ溢れるあどけない笑みとは裏腹に、発言の内容には容赦がない。
「名も知れぬ一介の神が出しゃばりおって!」
「その一介の神にまんまと誘われ、甘い汁を飲み続けようと目論んだのは紛れもなく僧正坊様ではありませんか」
「刃が神使でなければ、主のような下等神仏に耳を貸しなどせぬわ!」
そう僧正坊が罵声しながら天野を指差した瞬間、彼の顔の真横に刀が壁に突き刺さった。刀の刃は僧正坊の頬を掠め、一本戦の細い傷から一筋の血が滴った。
「は?」
こんなに殺意が満ちた一投であったのにも関わらず、あまりに一瞬の出来事で、誰も反応することができなかった。
彼に容赦なく刀を投げたのは、天野の後ろに控えていた男。彼こそが天上界最強の神使いの名を恣に、名も知られぬ天野への絶対忠誠を誓う鉄壁の守り人、#刃__じん__#。
「往生際の悪い糞爺だなぁ」
「こらこら刃。口を慎みなさい」
「天野はすっこんでろ。主の威厳は俺の威厳に関わんだよ。ウチの主人を罵倒する暇があったら、尻尾巻いて少しでも逃げりゃどうだ? 俺は、逃げねぇ動物を一発で仕留めるより、逃げ回る対象物をじわじわ追い詰める方が好きなんだよ」
元々キレ症な刃の堪忍袋は、主人を罵倒されてとうの昔に限界を迎えていた。今にも僧正坊に斬りかからんとする彼を諌めようとするものは、誰一人としていない。
「小童どもが! 儂を誰だと思うておる。天狗の頂点に立つ僧正坊じゃ! 儂がその気になれば貴様らを傀儡にすることなど造作もないこと。儂に逆らったことを、とくと後悔するが良い!」
「ご自慢の術ならここら先は使えないよ~?」
「そんな脅しが」
「脅しじゃないよ。貴方が私が術を使えないと思い込んでいたように、私もそう思い込んでいた。しかし、やはり私は異能を持って生まれた。……ようやく分かったんだ、私の異能が。使い道のない、役に立たない、持っていても意味がない力。でも、これは私が生まれてきた目的を示す何よりの標だ。さあ~? どんな異能かな?」
「まさか……そんな、馬鹿な!」
「私の異能は、『術の無効化』今日この瞬間のためだけに生まれてきた、貴方を倒すための力だ」
「それは良い。彼の術を御せる方法があるのなら、こちらも本調子を出せると言うもの」
戦の火蓋は切れられた。
僧正坊の服従の呪いを制御できることで、神々にはもう天狗に下手に出る必要がなくなった。大手を振るって、名実ともに天狗達に一矢報いることができる。
「手を貸そう、烏合よ。神々も積年の恨みを晴らすべく、主らの反逆に肖ろうではないか」
「出合え!! ここにいる皆、殺してしまえ!!!!」
長年溜めた鬱憤が爆発するように、神々は容赦なく襲い始める。一方で天狗達も僧正坊の命令の下に、漆黒の翼を広げ神や秋花達に刃を向ける。今まで過ごした時間など存在しないかのように、命令というだけで躊躇いなく斬りかかる。
しかし、それは秋花達とて同じこと。
乱闘が始まる中、それを掻い潜って秋花がまっすぐに狙いを定めたのは……
「兄者ーーーーー!!!!!!」
キンッ!!
「秋花! お前!!」
妖刀で容赦なく烏水に斬りかかる秋花。彼女の師を務めただけあって、不意をつかれても烏水は反射で刀を構え、僧正坊の盾となった。
『私が僧正坊の術の無効化を狙う。その間、秋花には烏水の足止めを頼みたい。異能の力を無効化できれば、烏水の目も覚めるはずだ』
『もし、失敗したら?』
『君が来る最後の年をわざわざ選んだんだ。二度目があるとは元々考えていないさ。それに、秋花は生きることに興味ないでしょ?』
『失礼な』
『適当に生きている君だから、気兼ねなくこんなことを頼めるんだ。最高の兄妹喧嘩を頼むよ』
『……生死を問わないのであれば、依頼として引き受けます』
それが、あの鍾乳洞で四郎と交わした契約の全て。
「貴方の相手は私です。本気でかかってきて下さい」
「いくらお前だろうと、僧正坊様に渾名すものは叩きのめす。それが側近である私の役目だ!」
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